未完成の恋(番外編)
017
「僕、先輩のことが好きです」
体育館裏、風吹く場所で言われた言葉には、天谷には悪いが心の中でやっぱりかとうなだれた。そう告白されても、芽生えたのは今までと同じような気持ち。答えも1つしかなかった。
「ごめん。俺、お前とは付き合えない」
天谷ひなたと付き合うなんて、そんなこと考えたこともない。論外だ。俺は断りの言葉に感情を込めず、出来るだけ天谷の顔を見ないようにした。
「…どうしてですか?」
しばしの沈黙の後、天谷は震える声で訊いてくる。正直に言うかどうか一瞬迷ったが、彼に嘘をつくのは失礼だと思い、俺ははっきりと言い切った。
「好きな人がいる。だからお前とは付き合えない」
まさかこんなことになるなんて思いもしなかった。好意をよせてる男の片思い相手が、俺のことを好きになるなんて。
「ごめんな」
俺が謝ると天谷は今にも泣きそうになっていて、その顔を見てしまったことを後悔した。彼は今までの奴らのようにわんわん泣きじゃくるのではなく、目に涙をためているだけで泣くことを堪えているように見えた。そんな風に涙をこぼされて、俺の心が痛まないはずがない。
「ごめんなさいっ…あの、気にしないで下さい…」
涙を手で必死にぬぐいながら、自分のことで必死なはずの天谷は俺に気まで使っている。俺は今まで見てきた中で、この涙を1番止めたいと思った。俺にそう思わせるほど、天谷の泣き顔は綺麗だ。
「その人とは、付き合ってるんですか…?」
「いや、俺の片思いだ」
だってそいつは、お前のことが好きなんだから。
「じゃあ…!」
俺を見上げる天谷は突然、決意を固めたかのような表情で詰め寄ってくる。俺は今までの経験からこれからくるであろう言葉を、それとなく察した。
「僕、たとえ九ヶ島先輩が僕のことを好きじゃなくても、気持ちは変わりません。変えられないんです」
「………」
俺は天谷の表情、言葉を聞いて、さらに断りづらくなってしまった。確かに天谷ひなたは魅力的な人だ。木月はこういう男が、タイプなのか。
「ずっと僕は、先輩のこと怖い人だと思ってました。初めて先輩と話した時は、親切にしてくれて、びっくりしたんです。でも、それ以上に嬉しかった」
天谷は大きな瞳をぱちぱちさせて、涙がこぼれるのを必死でこらえていた。俺も彼に流されないように必死だった。
「…それでもまだ、僕は先輩の心が見えないんです」
「──俺の、心?」
天谷はうなずいた。彼の色素の薄い髪がさらりと揺れる。
「先輩はすごく優しいけど、それだけじゃない気がするんです。何なのかはわからないけど、前に会った時からずっと感じる何かがありました。僕あの日から、先輩のことが頭から離れなくなって…」
そこで言葉を切ったかと思うと、天谷はいきなり俺に頭を下げた。
「お願いします、先輩! 僕のことは本気じゃなくても、好きじゃなくてもいいんです。だから、僕と─」
天谷を受け入れてはいけない。それだけははっきりしてた。確かに天谷ひなたの容姿は可愛い。彼は本物だ。この学校で一番綺麗だろう。
でも、俺にとってはそれだけだ。
けれど俺がきっぱり断ろうとした瞬間、俺の中に1つの悪い可能性が浮かび上がってきた。
もし俺が天谷の告白を蹴り、ふったとしよう。当然それは木月の耳に入る。もしかしなくても、天谷は木月に相談しているだろう。
それは俺にとって、いいことではない。
ずっと相談していた相手と、ふられた後に付き合うのはよくあることだ。なぐさめられている間に、つけ込まれる。
もし木月と天谷でも同じことが起こったら? その可能性は十分にある。俺が天谷をふって、そのせいで木月が天谷と付き合うなんて、そんなこと絶対に駄目だ。
つまり、俺がとるべき手段はただ1つ。
「天谷」
いまだ俺に頭を下げる彼の肩に、俺は手をのせた。
「俺はお前のこと、好きになることはない。絶対だ。…それでもいいのか」
「はい!」
考えるまでもなく天谷は答えを決めていたようで、嬉しそうな顔を見せ即答した。こうして俺は、また1つ悩みを増やすことになった。
やっぱり俺って、最低最悪の男なのかもしれない。
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