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未完成の恋(番外編)
013


俺を見ながら呆れたように小さく笑っていた久遠は、ふと真剣な顔つきになった。

「つうか…俺も、お前のことばっか悪いって責めてたけど、それは間違いだったと思う」

俺から視線をはずした久遠は口をとがらせ、少し寂しそうに話し出した。

「結局、お前が俺を好きになれなかったのは、俺がそこまでの男だったってことだ」

「そんな…」

「いや、そういうことなんだよ」

あまりの言い方に困惑する俺とは違い、久遠はどこか吹っ切れたような、穏やかな表情になっていた。

「まあ、もう終わったことだけどさ。…最後に俺がお前に言いたいことは、もう自分の意志以外で動くなってこと。好きでもない奴と、付き合ったりするな」

「…わかった」

そんな久遠の願いは、俺にはアドバイスのように聞こえる。この時になって初めて、俺達の関係が完全に変わってしまったことを実感した。

「でも俺、わかんねえんだよ。誰が一番好き、とか。…どうしても」

いま恋人と呼べる間柄の男の顔を思い浮かべてみても、誰を選んだらいいのかわからない。たとえ誰を選んだとしても、みんな同じだろうと思った。

「馬鹿か、お前は。そうやって受け身になってるから駄目なんだ。単純な解決策があんだろ」

「…どんな?」

お前が期待を込めて尋ねると、久遠が俺をビシッと指差した。

「そんなの簡単。人から告白されるのを待つんじゃなくて、お前が人を好きになればいい。たとえ相手が自分のことを嫌いでも、ずっと好きでいられるくらいの奴を、お前が探せばいい」

「………」

久遠はずっと毅然とした態度を崩さなかったが、彼の小さな瞳が少し潤んでいるのを見て俺の胸は痛んだ。久遠は俺に、別の人を好きになれと言ってるんだ。

「九ヶ島、自分からいくのとか苦手だろ」

「…まあ」

誰かを追いかけるなんて、そんなこと今までにしたことがない。よくよく考えたら、俺は気に入った奴と自ら仲良くなる方法すら知らなかった。自分から求めたことがないからだ。

「お前、初めて俺と会ったときのこと、覚えてるか」

「もちろん」

俺は即答した。あれは忘れようったってなかなか忘れられるものじゃない。

「あれ、わざとだ」

「…は?」

意味がわからなかった。けれど久遠は、馬鹿みたいに口を開ける俺を見て口角を上げる。

「…だから、あんとき俺、お前にうっかりバケツの水かけちまっただろ。実はあれ、うっかりじゃねえから」

「はああ!?」

とても笑えないような告白をしておいて、久遠は悪びれもせず手で耳をふさいだ。うるさいと言わんばかりに。

「お前あの後俺がどんなに大変だったか……次の日夏服で学校行ったんだぞ!」

「クリーニング代ちゃんと払ったろうが。だいたいあの時のことがなけりゃ、お前は今ここにいない」

そう言われれば返す言葉はない。でもまさかあれがわざとだったなんて、びっくりだ。

「つか、なんでそんなことしたんだよ」

「嫌いだったから」

「…はあ!? なんで?」

そのバケツ事件以前に久遠と関わった覚えはない。それなのにこんなあっさりと嫌いだなんて。

「…お前のよくない噂、鵜呑みにしてたんだよ。九ヶ島成瀬は気に入らない奴をタコ殴りにする、最低最悪の野郎だって。俺もケンカには自信あったし、だったらやってやろうじゃんってバケツの水ぶっかけた。そしたらお前、心にもない謝罪をした俺に笑顔で対応すんだもん。びっくりした」

おいおい、心にもなかったのか。初耳だぞ。

「つまりだな、誰かと仲良くなりたきゃ相手の迷惑なんか考えるなってこと。親密になりたいんだったら、バケツの水ぶっかけろ! …お前誰彼かまわず変なところで気を使うから」

「………」

バケツの水をかけても仲良くはなれないだろうに。でも久遠の言いたいことはわかる。つまり自分から行動しろってことだ。

「だいたい、何が優しい九ヶ島君だよ。自分偽ってるだけだろうが。最低最悪の酷い男のくせに」

「く、久遠…」

苦々しげに吐き捨てられた悪口に圧倒される。前々から口は悪い奴だったが、別れ際にここまでボロクソに言われるとは。

「…ってか久遠は、その後どうして俺のこと好きになったんだ?」

久遠から告白された時のこと、俺は今でも覚えてる。彼は最低最悪の男と言われていた奴を、どうやって好きになったんだ。

「ほんと馬鹿だよな、お前。普通そんなこと聞くか?」

「わ、悪い」

「人を好きになんのに、理由なんてないんだよ」

そうあっさり言い捨てた久遠は、腕時計を見て時間を確認した。

「時間だからもう行く。九ヶ島、好きな人が出来たら、そいつだけ見てろよ。……あ、そうだ」

久遠は足元に置いていた大きいカバンから、ペットボトルを取り出しこっちに向かってポンと投げてきた。

「これ、やる」

訳も分からず受け取りよく見ると、それは未開封のフルーツ牛乳だった。俺は思わず顔をしかめた。

「久遠、悪ィんだけど実は俺、これ苦手…」

「知ってる。だからやらなかった」

突き返そうとしたペットボトルを、押し戻されてしまう。久遠は床に顔を向けたまま、俺を見ようとしない。

「お前のことなら、なんでも知ってると思ってた。でも、間違いだったよ」

それは俺にも言えることだ。自分のことならよくわかってるはずだったのに。
俺は久遠の餞別を受け取ることにした。とその時、手の中に銀色に光る指輪があることに気がついた。

「久遠、これ…」

それは、俺が誕生日に久遠にやった指輪だった。よく考えて選んだんだ。間違えるはずがない。

「それ、返す」

突き放すように言われて、俺は何だか悲しくなった。俺としてはこのまま持っていて欲しかった。

「でもこれはお前にやったんだ。お前に持ってて欲しい」

「やだね」

即答した久遠は、俺が再び差し出した指輪を受け取らない。なかなか手を引っ込めることが出来ない俺を、久遠がこれでもかと言うぐらい睨んだ。

「俺は、これを見るたびお前のことを思い出すなんてまっぴらごめんだ。これはお前がもっとけ! それでお前がこの指輪を見るたび、俺を思い出せばいい」

まるで捨てぜりふのように言い切った久遠は、デカいカバンを担ぎ上げ搭乗口へ体を向ける。

「じゃあな、九ヶ島」

「…また会えっかな」

俺の問いかけに、久遠が顔だけこちらに向けた。

「いや、もう会わない。これが最後だ」

はっきりと断言した久遠は、そのまま背を向け一度も振り返ることなく歩いていく。引き止めたかったけど、俺には引き止めることが出来ないとわかっていた。


「さよなら、久遠」


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