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last spurt
003


俺は皆に断りを入れて、戸惑う優哉をVIPルームから強制的に連れ出した。そのまま店内の個室トイレに優哉を押し込み、後ろ手にしっかりとドアを閉めた。もちろん鍵もちゃんとかけて。

「優哉」

「ナ、ナオさん…」

俺はぎゅっと優哉の肩をつかみ、その華奢な体を無理やり壁に押し付けた。

「どう思う!?」

「……え」

衝撃でメガネがずれた優哉は、きょとんとした顔で俺を見上げた。

「お前の鋭い観察眼を見込んで訊く、どう思う!?」

「…何が、ですか」

「トキだよ! 決まってんだろ!」

つい声を荒げてしまい、俺はぐっと口をつぐんだ。外に声が漏れでもしたら元も子もない。そんな俺を見て呆れた表情の優哉はメガネをかけ直し乱れた服を整えた。

「どう思うって、具体的に何を訊きたいんです?」

「反応! 俺がぬけるって言った時の反応が知りてえの。見てろって言ったろ! トキ、がっかりしてた? 悲しんでた?」

「…そりゃ、そう見えましたけど」

「うっし!」

つい、小さくガッツポーズをしてしまった。優哉がそう言うのなら間違いない。

「トキさんより、ヒチさんの方があからさまでしたけどね」

「あいつはいいんだ。いっつもあの調子なんだから」

今の俺の気がかりは1つだけ。俺を恨むチームメイトでも、離れたくないと泣いてくれた友人でもない。

「そんなにトキさんが好きなら、さっさと告白しとけば良かったじゃないですか」

「………お前にはわかんないよ」

俺の、トキ。
中身はどこの誰よりも優しく真っ直ぐで、見た目には世界中の誰より内面が出ている。
俺の、好きな人。

「男に一方的に好かれることの嫌悪感は、俺が一番よくわかってる。俺だってトキを好きになるまで男なんか絶対無理だったし、気持ちを伝えたって迷惑なだけだ」

ノーマルなトキが俺の告白を受け入れるはずがない。はっきり言って気持ち悪いはずだ。けれど実際、もし俺に好きだなんて言われたら、トキは振った後も変わらず俺に接してくれるんだろうな。優しいから。

「だから俺、トキと一緒にいる限り言わないつもりだった。だから──」

「告白するんですね、トキさんに」

「ああ」

秘めた想いは俺の心に長く溜め込むほど募っていく。
『可愛い』、『好き』、『愛してる』
本人のいないところで何度、口にしただろう。今ならもし振られてもトキに姿を見せずにすむ。何よりトキとの関係がこのまま薄らいでいくことが怖かった。可能性は低いが、0パーセントじゃない。

「それは喜ばしいことなんですけどね、ナオさん。人をトイレに連れ込んで恋愛相談するのはやめてくれませんか」

「だって外じゃ、誰かに聞かれるかもしれないだろ! もしこれがトキにバレたら…」

想像すると鳥肌がたった。そんな目で見ていることを知らないうちに本人に気づかれるなんて、恥ずかしさと罪悪感で死ねる。

「俺、トキにバレてないよな? あからさまな態度とってたらどうしよう」

「大丈夫大丈夫、ナオさんうまく隠してると思いますよ。それにトキさん鈍いですから、好意をもっと表に出してもいいぐらい。ヒチさんみたいに」

「……おいおい、アイツの遊びと俺の覚悟を一緒にすんなよ。あんなのただじゃれてるだけだろ」

ヒチは男でありながら、同じくれっきとした男である俺に抱きつき、好きだ好きだと毎日のように言っていた。うっとうしく思いながらも俺はヒチの開けっぴろげな性格がうらやましかった。

「本当にそうでしょうか」

「……は?」

優哉は答えない。小さく笑みを浮かべて肩をすくめるだけ。気にはなったが優哉にうまく話をそらされてしまった。

「それより気になるのは香澄さんです。かなり怒ってましたから」

「気にすることない。アイツは俺に難癖つけんのが趣味なだけだ」

昔から、香澄とはそりが合わなかった。もともとお互い勝ち気でプライドの高い性格。加えて俺も香澄も未波さんのお気に入り。どちらも未波さんを尊敬し、彼の1番になろうと必死で努力していた。反発しあうのは自然なことだ。

「香澄、未波さんが俺を後がまに選んだこと、まだこだわってんだぜ」

「でしょうね。互角のライバルだったのに、あれで未波さんの特別がどちらかハッキリしましたから」

「……」

俺は未波さんがいなくなった今でも、変わらず香澄が大っ嫌いだった。ただ単に相性が悪いからだけじゃない。皆気づいていないが、あいつは悪い奴だ。根性が歪みまくってる。いざとなれば未波さんのいないこのチームのことなんて、簡単に裏切るだろう。もし奴が未波さんのお気に入りじゃなかったら、とっくの昔に追い出してるぐらいだ。

「…つーか、未波さんが俺をトップにしたのは、俺の方が気に入られてたからとかじゃねえよ」

「え、だったらどうして──」

コンコンっというノックの音で、俺達の会話は中断された。トイレのドアを開けた俺の目の前にいたのは、片手に箒を持ったこの店のマスターだった。

「何…してるんですか」

「トイレですることなんて1つしかねえだろ」

「…………2人で?」

「ほっとけ」

俺は目を丸くさせるマスターの横をすり抜けるが、優哉はまだ気まずそうにその場で固まっていた。そんな優哉を無理やりトイレから連れ出し、俺は鬱になりそうなぐらいの悩みを抱えたまま皆がいる部屋へと戻った。


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あきゅろす。
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