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last spurt
003


薄暗く人通りのない路地裏に、その店はあった。場所が場所なだけに常連客しか訪れないような小さなバーだ。『ファルセ・フード』とかかれた看板のネオンはまだ光ってはいない。この店の営業は夕方6時からだったが、俺はためらいもせず店の扉を開けた。いつものように。

「いらっしゃいませ。ナオさん、優哉さん」

客のいないこじんまりとした店内のバーカウンターには、この店のマスターがいた。彼はショットグラスを拭きながら俺達を笑顔で迎えてくれる。
本来ならここは未成年がくる場所ではない。まだ20に満たない俺は酒に溺れるなんてごめんだったが、チームにいる以上飲まないという訳にはいかなかった。そうしてるうちにだんだんと酒に依存し、今では未波さんも認める酒豪となっていた。その酒とも、もうすぐ縁を切らないといけなくなる。


「皆さん、もうお付きになられてますよ」

「マジ?」

集合をかけた本人が遅刻はいけない。俺は店の一番奥の目立たないドアまで早足で進み、すばやくノブに手をかけた。

「悪い、遅れた!」

このバーには店内とほぼ変わらない大きさの部屋がある。それがこのVIPルームだ。ここを使う奴は俺達の仲間以外にはいない。

「ナオちゃん!」

俺が謝りながら部屋に入った途端、体格のいい男が俺に飛びついてくる。チームの1人、橘常陸(タチバナヒタチ)だ。

「遅い! 俺、ナオちゃんに何かあったんじゃないかって心配で心配で…」

「わかった、わかったから離れろヒチ!」

常陸、通称“ヒチ”と呼ばれるこの男の過度なスキンシップには慣れっこだ。けれど暑苦しいことに変わりはない。俺はしつこいヒチを無理やり振り払った。

「毎度毎度、てめえはホントにうっとうしいな!」

「だって、ナオちゃんが好きなんだもん」

野太い声であっけらかんと愛をささやかれる。男がそんなぶりっこしたってキモいだけだ。まあ、これもいつものことだが。

「ヒチ、その辺にしなよ」

部屋の奥の方からクスクスと笑う声が聞こえた。笑顔でヒチを制止したのはヒチとまったく同じ顔をした男、橘常盤(タチバナトキワ)。通称、トキ。ヒチの双子の兄だ。

「ナオが嫌がってるじゃない」

「トキ…!」

トキがヒチの暴走を止めてくれたことが嬉しくて、俺は1人地味に感動していた。ヒチもしぶしぶながら俺から離れる。兄は強し、だ。

「で、一体全体何の用だよ」

トキの微笑みに癒されていた俺に、レッドカラーのソファーに座る金髪の男、香澄玲二(カスミレイジ)がトゲのある言い方で訊いてきた。奴の周りにはかすかだが煙が充満している。恐らくタバコを吸っていたんだろう。それがわかった途端、タバコ独特の嫌な匂いが鼻についた。

「みんなに訊いてもらいたいことがあって」

俺は香澄につっかかりそうになる自分をなんとかいさめて、一歩前に出る。後ろで優哉の息をのむ音が聞こえた。

「話? 俺の貴重な時間を使ってんだ。しょうもないことだったら許さねえぞ」

そんなことをいう香澄に俺は心の中で毒づいた。香澄はトキらと違って高校には通っていない。暇人のくせによくそんなことが言える。

「大事な話だ。聞いてくれ」

心中で何を感じようとも俺は我慢した。香澄と争ってる場合じゃない。最後くらい険悪な雰囲気は消し去りたいものだ。

「みんなにとってはすごく急な話だと思う。俺自身、昨日決めたことだから。簡単には受け入れてもらえないかもしれねえけど──」

俺は自らを奮い立たせるため大きく息を吸い込み、吐き出すと同時に皆の目を見て自分なりの決意を告げた。

「俺はこのチームを、抜けようと思ってる」


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