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last spurt
終わりと始まりの終末


周囲の明るさに誘われ意識が戻った俺は、自分が今まで眠っていたことに気がついた。けれど眩しすぎて目が開けられない。光から守るために手をかざそうとしたが、腕に妙な重みがあり上手く動かせなかった。

「起きた? ナオ」

うっすら開けた目の端にトキが映り込み、俺はすべてを思い出した。優哉の身に起きたこと、トキがしたこと、俺がスピロに負けたことを。

「お前っ…!」

一気に頭が冴えた俺は慌てて上体だけ起こし、トキから距離をとろうと後退した。動揺する俺とは対照的にトキは何をするでもなく静かに俺を見ていた。

「おはよう、ナオ。よく眠れた?」

「……ここ、どこだ」

俺は確かあの後、すぐに変な匂いのする薬をかがされ、そこからの記憶はない。見知らぬベッドの上、気絶している間に運ばれたのだろうが、ここは一体どこなのだろう。生活感のない広い部屋はホテルのように見えるが、確かなことは何もわからない。

「ここはユキのマンションだよ。今は俺とナオしかいないけど」

「…優哉はどうした。どこにいる」

優哉の名前を出すと、トキはあからさまに不機嫌な顔をした。けれど聞かなければ不安でどうにかなりそうだった。俺は何も知らない。ぼやけた頭では今が朝か夜かもわからないのだ。

「優哉はちゃんと病院にやったよ。怪我だってすぐ治る」

「ほ、ほんとか…?」

安堵のあまり俺の身体から力が抜けていく。トキはそんな俺を睨むとベッドに腰をおろした。

「でもそれも、ナオが大人しくしてたら、の話。その気になれば優哉なんかどうにでもできるんだから」

それは嫉妬か脅しか、それともその両方か。トキはシーツの上に手をつき身体を支え、俺に顔を近づけてきた。

「ナオは今日からここに住むんだ。表向きはヒチのためだけど、あの子、かなり後悔してるから当分ナオには何もできない」

「住む? 何ふざけたこと…」

「俺は本気だ」

俺の腕がトキによって掴まれ持ち上げられる。途中で上がらなくなった俺の手首は拘束されていて、そこからのびた鎖がベッドに固定され自由に動かせなくなっていた。

「逃げようなんて思わない方がいい」

「……」

自分の無惨な姿とトキの計画に身震いした。トキは俺を完全に閉じ込め自由を奪う気だ。気が狂っているとしか思えない。もし正気でないなら、こいつは優哉やヒチに対して何でもするだろう。

「これでずっと一緒。もう離れられないよ」

鉄の鎖を愛おしそうになでるトキ。その頑丈な鎖はこの部屋に俺をつなぎとめている。
トキが先ほど言っていた。ここはユキのマンションだと。つまり、閉じ込められたのは俺だけではないということだ。

「トキ…俺はお前に話したいことがある」

「なに?」

俺は一瞬、躊躇った。今ここで自分の気持ちを伝えることは、本当に正しいのだろうか。今更何を言ったって遅すぎる。だが言わなければ、俺はこの先永遠に自分の思いを口にすることはないだろう。

「…俺が好きなのは、優哉じゃない。付き合ってなんかない。優哉にはただ相談にのってもらってただけだ。俺が好きだったのは…お前だ」

永遠に冷めることなどない。そう信じていたのに。

「俺はずっと、お前だけが好きだった」

本当はこんな風に告白などしたくなかった。ちゃんとした場所で真っ直ぐトキを見つめて、愛してると伝えたかった。今はもう叶わぬ夢だ。
目を伏せているためトキの表情は見えない。真実を告げた今、トキはどんな反応をするのだろう。じゃあ俺達両思いだね、なんて、いつものように笑うのだろうか。

ところが俺の予想に反して、トキから返ってきたのはとんでもない言葉だった。トキはとびっきりの笑顔で俺に向かってこう言ったのだ。


「――嘘ばっかり」


今日はひどい1日だった。最悪だった。でもこの言葉が、トキに信じてもらえなかったことが、俺にとって何よりも悲しかった。

冷たい涙が溢れ出して俺の頬を濡らす。心がどんどん冷めていく。俺は確かにトキが好きだった。でも今はその気持ちを失くしてしまった。なぜこの男を、あんなにも好きだったのか。すべて忘れた感情のない告白は、トキにとっては嘘としか思えなかったのだろう。

「…どうしてそんなに泣くの? ナオが大人しくしてるなら、優哉には何もしないよ」

突然泣き出した俺を見て、トキは子供をあやすような優しい声を出した。見当違いの慰めに俺の涙は止まらない。トキは泣き続ける俺の熱を持った頬に触れ、顔を持ち上げた。

「やっぱり、ナオは泣き顔も可愛いね」

悲しくて悲しくて、どうしようもないのに、そんな俺を抱きしめトキは嬉しそうに微笑む。彼は俺の嗚咽まじりの小さな泣き声を自分の唇でふさぎ、再び優しくベッドに寝かせた。

「これから、何をするかわかる?」


抱きしめて、キスして、
その後は──……


「いっ…嫌だ! 嫌だ嫌だ! 嫌だぁああ!!」

予想はしていたことだ。だが、いざ身体に直接触れられると怖くて抵抗せずにはいられなかった。けれど手首を拘束され馬乗りになられたこの状況では、泣き叫ぶことしかできない。

「好きだよナオ。時間の許す限り、ずっと一緒にいよう」

性急に俺の服をはぎとっていくトキに、俺は無駄とわかっていながら暴れた。桐生や知らない男に犯されるなら、まだ我慢できた。一種の暴力と割り切ってしまえばいい。殴られたり蹴られたりするのと変わらない。でもトキは俺を愛してると言った。けして乱暴には扱わないだろう。それこそ最愛の恋人にするように、俺を抱くのだ。そんなこと耐えられない。

「トキ…、お願いやめて……」

どれだけ必死に懇願してもトキが手の動きを止めることはない。俺は自分を守るために感じることをやめた。感情を押し殺すことなら慣れている。誰かを傷つけるのも、誰かに傷つけられるのも同じだ。

耐えられないならば、何も考えないでいよう。目を瞑り、大好きだったトキの姿を瞼の裏に見る。
こうして、俺の世界は暗転した。

end

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