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last spurt
002


とっさに相手の人数を数えると、敵はユライを入れて14人だった。大将がやっかいだが倒せないことはない。俺はここにいるスピロの連中を全員片付けることに決めた。どうせそれ以外に方法はない。
逃げるために闘う決心をした俺だったが、そのとき予期せぬ事態が起こった。ぐっと拳を作って敵を見据えた先に、見覚えのあるスピロの連中が現れ、何かを放り捨てたのだ。


「な…、香澄か…!?」

俺の目の前に倒れ込んでいたのは顔を血で真っ赤に染めた香澄だった。こいつのこんな弱った姿を初めて見せつけられ、俺の心は否が応でも罪悪感で埋め尽くされる。こうなったのはすべて、俺のせいだ。

「おい香澄! 返事しろ!」

「てめぇ…なんで、まだここに…いる」

弱々しくはあるが香澄が言葉を返してきた。良かった、まだ生きてる。膝をついて外傷を一通り確かめるが、見たところ致命傷になりそうな傷はない。早く病院に連れていかなきゃならないことに変わりはないが、幾分か余裕をもって闘える。俺は香澄を庇うようにしながら立ち上がり、ユライを睨みつけた。

「お前の狙いは俺だろうが! 香澄は関係ない!」

「関係ない? そいつはトキから鍵を盗んでてめぇを逃がそうとしたんだぞ。自業自得だろうが。トキが大丈夫だっつったからうちに引き込んでやったのに、とんだ誤算だ」

ユライは忌々しげに香澄に向かって唾を吐く。俺は身体全体がちゃんと動くことを確かめて戦闘態勢に入ったが、すぐ後ろで香澄が身じろぐ気配がした。

「お前は動くな。すぐ病院に連れて行ってやる」

「黙れ! てめぇは…何様のつもりだ。俺は…足手まといにも…人質になるつもりも…ねえ」

頭から血を流しながらも、ゆっくりと立ち上がる香澄。俺は止めなければならないのに、それ以上言葉が続かなかった。

「もし俺が途中でぶったおれても、かまうんじゃねえぞ。俺のせいで負けたりしたら…絶対許さねえ。俺はお前と、最後まで闘う」

すごい気迫が香澄の視線から伝わってくる。俺は頷くしかなかった。もしここで2人共負けるとわかっていたとしても、香澄を置いて逃げたり降伏するなんてことは絶対にできない。俺はここで決着をつける。それが正しい選択だ。

殺気をたぎらせる俺達を見て鼻で笑っていたユライだったが、突然奴の顔つきが変わった。ユライの視線の先を追うと、そこには険しい表情のトキが立っていた。香澄を見ていたトキは、一瞬俺に視線をよこし今度はユライを見据えた。

「ユキ、お前何してんだ。傷つけるなってあれほど言っただろうが。レイにまで手ぇ出しやがって」

「悪かったよ、許せトキ。でも仕方ねえだろ、お前が鍵盗られたんだから。他に方法があるか?」

うんざりした様子のトキは深いため息をつきながら、俺達に近づいてくる。これがトキの本当の顔なのだろうか。俺の手にはまだ、トキの首を絞めたときの感触が残っている。いたたまれなくなった俺はトキをまともには見れない。だが予想に反してトキは俺ではなく香澄に声をかけた。

「レイ、こうなったこと許してくれとは言わない。でもせめて謝らせてほしい。怪我までさせて、本当に悪いことをした」

「トキ…」

真剣に頭を下げるトキに香澄は虚をつかれた表情をつくる。チームをこんなにしたトキを許せない気持ちはあるものの、やはりトキとの友情も捨てきれないのだろう。

「でもレイも悪いんだよ。俺を騙したりするから。俺はレイのこと信じてたのに」

「それはこっちのセリフだ! 騙してたのは…お前だろ。日浦を捕まえるためだけに…チームをスピロに渡すなんて…どうかしてる。トキ、お前どうしちまったんだ」

香澄の泣きそうな声に、トキは考え込むようにして首を傾けた。

「それが、自分でもよくわからないんだよね。恋をすると人は変わるっていうから、多分それじゃないかな」

「ふざけんな!」

静寂の中に香澄の声が響きわたる。奴の怒鳴り声を聞いてもトキは顔色一つ変えなかった。

「お前がしてることは…もう見逃せる範囲を越えてる。日浦を捕まえて…どうする気だ。すぐに解放なんてしないんだろ。だったら俺は…お前を警察に突き出すしかない」

香澄の脅しともとれる言葉に俺は息を呑んだが、やはりトキは表情を変えない。それどころが穏やかに微笑み、香澄にさらに近づいた。

「考え直してよ、レイ。俺達親友だろう」

「そんな風に頼んだって…俺の気持ちは変わらない。俺はお前のこと、警察に話す。俺を止めるには…口を封じるしかないだろうな。どうする、トキ。俺を殺すか?」

「そんなことするわけないだろ」

はっきりと即答したトキが険しい表情を浮かべる。張り詰めた空気の中、香澄は渇いた笑みをこぼした。安堵とも嘲笑ともとれる笑い声だった。

「レイ、俺はお前を傷つけられない。それはわかってるはずだ」

「だったら…俺を止める方法は…ないな」

「そうでもないよ」

張り詰めた空気の中、トキは香澄の髪をなでる。そしてにっこり微笑み、穏やかにこう言った。

「ねえ、レイ。ユリさん元気?」

「──っ」

その瞬間、香澄の顔が真っ青になった。死刑宣告をされた囚人ような、生気のない顔。
ユリ──そうだ、この名前は香澄の住んでるアパートにいた女性の名前だ。香澄の、恋人。

「別れたなんて言わないよねぇ。あんなにベタ惚れだったんだから」

「てめぇ! ユリに何した!」

いきなり香澄がトキの胸ぐらを掴みあげる。抑えきれない憤怒を表に出した香澄を見ても、トキは冷静に言葉を続けた。

「何も。まだ、ね。レイの出方次第かな。このまま傍観してもらえるなら、ユリさんにもレイにも何もしないよ」

香澄の視線がトキからユライへと移る。トキ1人ならどうにでもなるが、ユライが絡んでくれば話は別だ。そしてそのユライは、どこまでもトキに従うつもりでいる。

「いっとくけど、俺は本気だから。レイを痛めつけるのは無理でも、ユリさんは別。たとえレイの彼女でも、俺からすればただの知り合いだし。どうする? レイ。今ここで決めてよ」

「………」

香澄は虚ろな表情で、力なく地面に跪いた。俺でもわかる。香澄が選べる道はたった一つしかない。

「…お前の言う通りに、する。だから…」

「彼女の安全は保証する。約束だもんね」

魂を抜かれた人形のようになった香澄の頭をなでて、トキはやっと俺を見た。香澄を手懐けた今、俺はトキの最後の獲物だった。


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