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last spurt
迎合


無我夢中で暗い廊下を走り抜ける。トキが追ってくる気配はなかったが、俺は焦っていた。早く、早くここから逃げ出して少しでも遠くへ行かなければ。もう俺はトキに会ってはいけない。会えば、あいつに何をするかわからない。


──でも、それでも、

こんなことになった今でも俺はトキが好きだった。1年以上も前から、ひたすら想い続けていた相手なのだ。新たな一面を見せたトキを消してしまいたいという衝動よりも、トキへの愛情が勝っていた。だからこそ、もう一緒にはいられない。たとえどんなことをしてでも、俺はここから逃げ出さなければならなかった。

冷静さを取り戻した俺は闇雲に走ることをやめ、警戒しながら慎重に階段を探した。知らない場所にいたせいで完全に方向感覚を失っていたため、頭の中で新しい地図を作り直していく。途中、人の足跡が聞こえ引き返すこともあったが、階段はすぐに見つかった。

1階に降りた俺は、完全に封鎖された窓を見て裏口を探すことに決めた。ガラスを割ってしまえばすぐにでもここから出られるのだが、それではスピロの連中に自分の居場所をおしえているようなものだ。正面玄関には見張りがたくさんいそうだが、裏口なら数人を気絶させれば事足りるだろう。
もちろん俺は裏口の場所など知らなかったが、スピロの男たちを避けているうちに、すぐそれらしきドアが見つかった。暗くてわかりづらいがドアの上には非常口のマークが見える。この時点で俺は、何かがおかしいと感づいていた。ここに来るまでの道のりがスムーズすぎる。まるでこの扉から逃げ出すように誘導されたみたいだ。しかもドアの前には見張りの1人もいない。あれだけ建物内に下っ端連中をバラバラに並ばせておいて、非常口はノーマークだなんて。やはり不自然だ。
とはいえこのまま外に出ないわけにもいかない俺は、何があってもいいように神経を尖らせながら扉を一気に開けた。

予想に反して、そこには誰の姿もなかった。物音一つない静寂。すべて思い過ごしだったのだろうか。あっけなく手に入った自由に不安を覚えながらも、俺は荒れ果てた地面に足を踏み出した。

すぐ目の前に見えるフェンスに手をかけてみたが素手では壊せそうにない。登るなんてのはもっての他だ。探せば他にも出入りできる場所があるのかもしれないが、今は時間がなさすぎる。やはり多少の危険を承知で正面を突っ切るしかない。出口を目指して走りだそうとした時、真後ろにぞくっとするほどの冷たい気配を感じた。



「──やっぱりここだったか、日浦七生」

「…っ!」

慌てて振り返ると、そこにはドアに寄りかかりながら俺を睨みつけるユライの姿があった。奴は黙ったまま動かない俺にのんびりと近づきながら口元をゆがませる。暗闇の中で奴の唇のピアスが光っていた。

「トキにずいぶんなことしてくれたみてぇだが、お前はここから絶対逃げられねえよ。痛い思いしたくないなら大人しく捕まりな」

「…てめぇ、どういうつもりだ。どうしてこんなことに足を突っ込む」

ヒチの話だとユライとトキは隠れて友好関係を築いていたらしいが、ただの友人のために普通ここまでできるだろうか。確かにユライにもuglyを潰せるというメリットはあるが…、まさかこいつ……。

「トキをそそのかしたのは、お前か?」

今回の事で、一番得をするのはスピロだ。スピロが俺達を潰せば、この辺りのチームの事実上のトップになるだろう。奴らがトキを利用したのだとすれば、すべて筋が通る。おかしいと思ったんだ。あの優しかったトキが自ら俺達を追い詰めようとするなんて。ユライがトキをそそのかして、いいように操っていたと考えるのが妥当だ。

「ユライ、てめぇトキに何吹き込みやがった!」

俺は奴の胸ぐらをつかみあげ激しく揺さぶる。こいつとつるむようになってから、トキはおかしくなったのだ。奴が何かしら関係していることは疑いようがない。

「トキを…トキを返せよ! あいつはあんなことできる奴じゃなかった! お前が、トキに何かしたんたんだろ!」

俺を嘲笑っていたはずのユライの表情がどんどん冷たくなっていく。奴は俺の手首を乱暴に叩き自分の胸元から引き離した。

「俺は何にもしちゃいない。トキを変えたのはお前だろ、ナオ」

「な、何言って…」

「お前を好きだと自覚してから、トキはどんどん変わっちまった。常にあいつを取り巻いていたのは嫉妬と妬みだ。それまでそんなものとは無縁の奴だったのにな」

ユライはやや目を伏せながら哀しげな顔つきになる。奴の弱ったような姿に俺は動揺した。

「トキはずっと荒んでた俺を助けてくれた恩人だ。昔のあいつは優しかった。誰に対しても、だ。俺がチームを作って敵同士になっても、トキは変わらずに接してくれた」

「お前、まさか…」

トキを案ずるような表情。ユライが初めて見せる人間らしさに、俺は自分の考えが浅かったことを思い知った。俺の推測が正しければ、こいつはトキを利用したんじゃない。自らトキに利用されたんだ。

「俺はお前の何百倍も、トキが好きだ。たとえトキが変わってしまったって、俺の気持ちは変わらない」

「で、でも…お前が言ったんだろ。トキは、俺が……」

「トキが誰を好きだろうと関係ない。俺はトキの望むことをするだけだ。それに俺がお前を捕まえておけば、トキはずっと俺から離れないだろうしな」

唖然とする俺にユライは再び微笑む。俺が少しずつ後ずさりすると同時に奥から大勢の足音が聞こえ、スピロの連中が現れた。

「てめぇ…っ」

「お前はトキをつなぎ止める鎖だ。だから絶対に逃がさねえ」

俺を取り囲もうとする男達とほくそ笑むユライを見て、俺は後悔した。早く逃げるべきだった。やはり俺は、ここに意図的に追い詰められていたのだ。


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