last spurt
007
トキはキレると、普段の温厚さが嘘のように言葉遣いも表情も別人のようになってしまう。桐生とやり合った時なんかがいい例だ。もちろん俺はトキのそんなところも含めて好きだった。けれどトキの闇の部分は、俺の予想以上に深かったらしい。
「お前の考えてること、全然わかんねえよ。何で、何でこんなこと…っ」
俺はトキが好きで、信じられないことにトキも同じ気持ちでいてくれた。それなのに今のこの有り様はなんだ。とても手放しで喜べるような状況じゃない。
「言っただろう、俺はナオが好きなんだよ。俺から離れようとするお前が悪い」
「悪い…? それが意味わかんねえって言っていだよ! 俺が好きなら好きって、ただそう言えば良かっただろ!」
「優哉がいたのに、言えるわけがない」
「は──?」
……そうか。
トキがこんな最悪な方法で告白した理由。それが優哉だ。ヒチもそうだったが、やはりトキは俺と優哉の関係を誤解している。
「お前とヒチは間違ってる。俺と優哉は友達で、恋愛感情なんかない」
「ただの友達? あれで? よくそんなしらを切れるな」
何を言っても、きっとトキは信じてくれない。俺が優哉に危害が及ぶことを恐れて嘘をついてると思ってるんだ。
「確かに俺達は、普通の友人関係じゃなかったかもしれない。それでも優哉に親友以上の感情を持ったことはないし、あいつだってそうだ。だいたい俺がホモ嫌いだって知ってんだろ! それで何で優哉とできてるなんて考えが出てくるんだ!」
「ナオには、もうそんな偏見ないんだろう。優哉がおしえてくれたよ」
「なっ……」
俺は男に襲われそうになったトラウマから、ホモを異常に嫌悪していた。けれど自身が男を好きになってからは、確かにそういった偏見は持っていない。それをトキ達におしえたことはなかったが、優哉が話していたのか。
「ナオがずっと変わらないでいてくれてたら、こんな事もしなかったんだろうけどね。他人の、それも男のものになるのはどうしても許せなかった。しかもそれがよりにもよって優哉だなんて」
「よりにもよってって、どういう意味だよ」
「だって釣り合わないだろ? 優哉とナオじゃ。あいつはチームの足手まといだ。頭は良くても喧嘩はからきし駄目。ナオがいなきゃ、とっくに追い出してるレベルだろ」
「トキ、お前…」
信じられない。あのトキが、優哉をそんな風に言うなんて。あいつは俺に無理やり入れさせられたんだ。それなのにチームのために一生懸命努力して、最初こそ嫌だっただろうが今では自分の意思でチームに尽くしていた。それをみんなは、少なくともトキは認めてくれていると思っていたのに。
「ナオの笑顔も怒った顔も好きけど、泣き顔は見たことないな。優哉にだけ見せる表情だってあるんだろう。それを俺にも見せてよ。あいつだけ独り占めなんて、許せない」
「いっ…!」
トキが俺の左足を膝で強くおさえつける。痛みをこらえるために俺は必死で歯を食いしばらなければならなかった。
「こんなんじゃナオが泣かないのはわかってるんだけどね。昔、骨折したときだって平気そうだったし」
そう言いつつもトキは足を踏みつけることをやめず、そのまま俺の首元に噛み付いた。足と首の両方に鋭い痛みを感じる。俺は必死で抵抗しながら、香澄からもらった鍵を手錠の鍵穴に差し込み、すばやく枷をはずした。
手足が自由になってからの俺の行動は素早かった。完全に警戒心がなかったトキの首に手をかけ、ひるんだ一瞬の隙に押し倒したのだ。
「ぅあ…っ」
「何でだよトキ! 何でそんなこと言うんだ!」
俺は馬乗りになってトキの首を両手で思い切り締め付ける。知りたくなかった。こいつの汚い部分なんて。こんなの、俺の好きだったトキじゃない。
「トキ!」
どうして、どうしてこんなことになったんだ、
「俺は…っ、お前が…」
好きだったのに!
「ナオ…くるし…っ」
目の前のトキの悲痛な声にはっとした。慌てて首から手を放し、トキと距離をとる。俺は自分の震える手を茫然と見つめていた。
「げほっ、げほ…ッ」
「ごめん…トキ、俺……」
トキが好きだった。誰よりも愛していた。そんな相手に、俺は何をした。今まで知らなかったトキの内面を見て、目の前のトキを否定し存在を消そうとした。俺は、トキを殺しかけたのだ。
「……ッ、くそっ!」
いきなり、自分がとても恐ろしくなった。思い描いていた理想とかけ離れたいたからといって、それを認めないばかりか消そうとするなんて。
倒れるトキに背を向けて、俺は一目散に部屋から飛び出した。逃げるならトキを気絶させた方が良かっただろうが、この時の俺はそんなことを気にする余裕はなかった。とにかく一刻も早くトキから離れたかったのだ。俺がトキを、傷つけてしまう前に。
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