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last spurt
005



トキに会ったら、何を話そう。俺は何を一番に伝えるべきなのだろう。
どんなことを口にしてもただの言い訳になってしまいそうで、考えがまとまらない。

ずっと思いつめていた俺の前にトキが現れるまで、そう時間はかからなかった。

ゆっくり扉を開けたトキは誰よりも落ち着いていて、やっぱりこいつが元凶なんだと嫌でも再認識してしまう。トキに嫌われているのだと思ったら、それだけで気持ちがくじけてしまいそうだった。

「ナオ」

いつもと何一つ変わらない調子で俺を呼びながら、トキは俺の目の前にあぐらをかいて座り込んだ。トキに責められるぐらいなら、と俺は自分から口を開いた。

「──お前が、こんなことした理由はわかってる」

「…へぇ」

トキはちょっと楽しそうな口調で俺の顔を静かに眺めていた。でも俺はトキの顔がどうしても見られない。

「トキは、俺が1年前、未波さんをチームから追い出したこと怒ってるんだろ」

声がみっともなく震える。あの事件がトキにバレていたなんて。これからの自分の処遇を考えると怖くて、思わず拳の中の小さな鍵を握りしめてしまった。

「あれに関して弁解する余地はない。お前の好きにしてくれ」

ぐっと唇をかみしめたとき、トキの動く気配がした。だが俺が反応する前に、トキの手が俺の顎にかかった。

「馬鹿だね、ナオは」

「あ…」

「本気で、俺がそんなことで怒ってると思ったの?」

無理やり顔を上げさせられ、トキと目があってしまう。けれどトキの目に憎しみの色は浮かんでいなかった。

「ナオは未波さんが大好きだった。そのナオが未波さんをチームから追い出そうとするなんて考えられない。あれは未波さんのためだった。そうだろ? 未波さんもちゃんとわかってる。もちろん、俺だって」

「トキ…」



泣いてしまいそうだった。
俺のなけなしのプライドがなければ間違いなく泣き出していただろう。トキは俺を未波さんの仇としては見ていなかった。なにより、トキは何も…何も変わっちゃいなかった。優しくて、温かくて、誰よりも仲間思いのトキ。そのことが、俺は涙が出そうになるくらい嬉しかったのだ。

「……じゃあ、何でこんなことしたんだよ」

「こんなこと?」

普段と何一つ変わってないトキの態度。俺を恨んでいるのであれば、これはあまりに不自然すぎる。

「お前はチームを裏切って、俺を裏切った。納得出来る理由を言ってくれ…!」

未波さんの件を差し引けば、俺がトキの恨みを買うようなことをした覚えはない。今の穏やかな表情のトキを見ていると、すべてが夢だったのではないかと思えてくるほどだ。トキはいつもの、俺をハッとさせるような笑顔を見せながら飽きもせず俺の頬をなでていた。

「ねぇナオ、どうして俺がレイを好きなんだと思う?」

「……は?」

「そう訊いただろう、昨日」

トキの言葉にあの路地裏での記憶がありありとよみがえる。確かに俺はトキに訊ねた。ヒチにも同じ質問をした。香澄を疑っていたからだ。トキに好かれている香澄に嫉妬していたのかもしれない。でもそれと今の惨状に、何の関係があるっていうんだ。

「あの時は内緒って言ったけど、おしえてあげる」

俺の髪をなでながら、トキはゆっくりと近づいてくる。俺の左胸は中から誰かに叩かれているのではないかと思うほど、強く鼓動していた。

「俺がレイを好いてるのは、レイがナオを嫌ってるからだよ」

「……?」

淡々と語るトキの言葉の意味がまるで理解できない。確かに俺は香澄に嫌われているが、なぜそれが香澄を好きな理由になるんだ。

「ヒチも優哉も、ナオを自分だけのものにしようとしてる。でもレイは違う。レイだけはナオをそんな卑しい目で見ない」

「な…何が言いたいんだよ、トキ…」

「わからない? ナオは鈍いもんね。今日まで俺がどんな気持ちでいたか、考えたこともないだろう。優哉を大事にするナオを見るたび、胸が締め付けられる。ナオがヒチに抱きしめられるたび、代われたらと思う。この気持ちの意味を、俺はずっと探してた」

ぐいっと首を乱暴に引かれ、瞳を覗き込まれる。俺の知らないトキがそこにはいた。──いや、違う、そうじゃない。知らないわけじゃない。だって、トキは……

「俺は、お前に惚れてる。男同士なんて俺にとっちゃ問題でもなんでもない。お前だってそうだろ?」

とんでもないことを口にしながら、普段の朗らかな彼からは想像もつかないほど鋭く真剣な表情を作るトキ。数日前、俺を桐生から救ってくれた時と同じ顔だ。これは大事な何かを守ろうとしている目。そして、

「俺から簡単に離れようとするのが悪いんだよ、ナオ」

心の底から、憤りを感じている目だ。


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あきゅろす。
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