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last spurt
004


ガチャガチャと部屋の鍵を開ける音が聞こえ、俺とヒチは同時に顔を上げた。乱暴に開かれたドアからは数人の男達が現れ、その中にいる1人を見て俺の肩は震えた。

「レイ…! 何しにきたんだよ!」

無表情で俺達の元に近づいてくる香澄との間に、俺を守るようにして立ちふさがるヒチ。けれど香澄はそんなヒチの胸ぐらを容赦なく掴み、乱暴に引きずった。

「トキが呼んでたぜ、ヒチ。さっさと行った方がいいんじゃねえの。こいつのことは俺に任せてさ」

「なっ、レイとナオちゃんを2人きりになんて…」

「2人きりじゃねえだろ」

ヒチが後ろに控える5人の男を顎で指し示す。スピロのメンバーであろう物騒な連中を見て、ヒチの表情が険しくなった。

「レイ、どうしてこんなこと…」

「それはお互い様じゃねーの」

「……っ。ナオちゃんには何もするなよ!」

ヒチは不安げに俺を一瞥してから振り切るように部屋を去っていった。ヒチは香澄が俺に危害を加えるのではないかと心配していたようだが、やはり香澄の裏切りの理由も未波さんの件なのだろうか。奴は未波さんを俺を除く誰よりも慕っていたのだから。しんと静まり返った部屋で俺は核心に迫った。

「お前も、トキから未波さんのこと聞いたのか…」

罪の意識で奴の顔がまともに見れない。だからこそ、次に香澄が口にした言葉は信じがたいものだった。

「未波さん? 何の話だ。今回のことに未波さんは関係ねえだろ」

「っ…?」

香澄の口調はとぼけているわけでも、ましてや怒っているわけでもない。本当にわからないのだ。驚いたことに、どうやらこいつは何も知らないらしい。
だとすれば、なぜ香澄はこうも簡単に俺を裏切る。やはり俺が憎くて、復讐の機会をうかがっていたからなのか。

「香澄、お前一体どういうつもりだ。スピロの下にでもつくつもりかよ」

「てめぇをギタギタするためなら何でもやるよ。俺はこの瞬間をずっと待ってたんだ」

香澄は顔に意地の悪い笑みを浮かべながら、俺の腹を蹴り飛ばした。幸い本気の力ではなかったので、俺は顔をしかめる程度で済んだ。

「おい、傷はつけるなよ! ユライさんからの命令だ」

「ちゃんと手加減してるっつーの。てめぇらはそこで黙って見てろ」

後ろにいた男達の言葉に香澄が噛みつく。どうやらこいつらは香澄がやりすぎないための見張りらしい。俺を見下ろす香澄の目は、今にも俺を射殺しそうだった。

「全部お前が悪いんだよ、日浦。たいした力もないくせにヘッドにまでなりやがって、簡単にその地位を捨てて何様のつもりだ。昔からずっと気にくわなかったんだ。当然の報いだろ」

「…逆恨みもいいとこだな。どんな理由つけたって、いま未波さんを裏切ってんのはてめぇだろ…。チーム潰しといて、よくそんなことが言える」

「うるせえ! ちっとは状況見て物言いやがれ!」

かがんだ香澄に胸ぐらを思い切り掴まれる。俺は香澄に黙って殴られる気はさらさらなかった。手錠のせいでろくな事は出来ないが、ここまで奴が近づいてくれば、頭突きするなり何なりして怪我くらいさせられるだろう。今は奴に足を押さえつけられているが、蹴飛ばすチャンスだってあるはずだ。

「お前にはなァ、ずっとため込んでた恨み辛みがたくさんあるんだよ。ここで吐き出さなきゃ気が済まねえ」

香澄との距離はすでに数センチしかない。何か仕掛けるなら今だ。手錠がかけられている以上俺の負けは決定的だが、自分勝手な理屈でチームを裏切った奴にいいようにされる義理はない。

「変なことは考えんなよ。この手枷があるかぎりお前は逃げられねぇんだからな」

「つっ…」

俺の考えを察したのか、香澄が俺の拘束された手首をまとめ上げ壁に叩きつける。目の虹彩がはっきりと見えるほどまで顔を近づけてきた時、奴が小さく呟いた。

「声を出すな」

その意味を理解する前に、俺の手に固くて冷たいものが触れる。香澄はそれを、すっと俺の握りこぶしに差し込んだ。

「トキのポケットからくすねた手錠の鍵だ。俺達が出て行った後使え」

香澄の言葉通り、その手の中の物の形は鍵そのものだった。状況がのみこめない俺は困惑しながら香澄を凝視するしかない。

「お前…んっ」

「無駄口たたくんじゃねえよ、日浦」

今度は大きめの声でそう言い放ち、俺の口を塞ぐ。だが奴は俺の手首に目配せし、声は出さずに口だけを動かした。




──にげろ。

たった一言だったが、俺はそれで香澄の意図を理解した。これは、すべて演技なのだ。奴は俺を助けようとしている。だがなぜ香澄はこんなことを。俺を死ぬほど憎んでいたんじゃなかったのか。

「出来ることなら、てめぇは俺が潰してやりたかったよ。なにせお前を一番憎んでるのは俺だからな」

香澄は本気の目で俺を睨むと、もう一度腹を蹴り飛ばした。そして満足したとでもいう風に戻っていく香澄の背を、俺はただ目で追った。

「うわ、ひっでぇ。泣いちゃうんじゃねえの、そいつ」

後ろに控えていた男の1人が香澄の蛮行を茶化す。誰が泣くもんか、と俺はその男を思いっきり睨み付けてやった。

「つーか今日の今日でよくそんなことができるよなぁ。あの双子はともかくさ、お前は知らなかったんだろ? この計画」

「…日浦の下につくぐらいなら、俺はスピロに入る。そう思っただけだ」

ゲラゲラと笑う男達の中、香澄だけは俺をしっかり見ていた。その眼差しには苛立ちと怒り、不安がない交ぜになっている。

「日浦七生が潰れれば、チームは終わりだ」

誰にともなく呟いた香澄の言葉が俺の心に突き刺さる。その意味を誰よりも理解している俺は香澄の怒りが手に取るようにわかった。このチームは香澄にとって、かけがえのないものだということを忘れていた。トキとヒチに簡単に裏切られ、チームを守りきれなかった俺に対して奴は怒っているのだ。けれど曲がりなりにも今は俺がトップで、潰されればuglyは本当の意味でスピロに吸収されちまう。だからこそ香澄は敵の懐に入ってまで、俺を助けたのだ。

「何だ、もういいのか。双子の片割れがうるさいからな。その女みたいなヘッドに、もう会わせてもらえねえかもよ」

「いや、いい。用事は済んだ」

スピロの1人が意外そうに香澄に尋ねるも、奴はもう出口に向かっている。鍵を渡し終えた香澄は一刻も早くここから立ち去りたいのだ。あっさり引き下がった香澄を見て男達は一様に不思議そうな顔をしていたが、特に詮索することもなく香澄の後に続いていく。奴らはさりげなく俺を嘲笑することも忘れなかった。


誰もいなくなった部屋で1人手錠に繋がれた俺には、惨めという言葉がぴったりだった。好きな人に裏切られ、嫌いな男に助けられた自分。ろくに礼も言えてない。ここ一週間の俺は、愚かとしか言いようがなかった。

逃がそうとしてくれた香澄には悪いが、俺はトキに会わなきゃならない。未波さんにした恩知らずな行為の落とし前はつけなければならないのだ。

手のひらに閉じ込めた鍵を握りしめ、俺は決意した。トキを通してあの事件と向き合ったからといって、すべてが元通りにはならない。けれどその後、ヒチのものになる気などさらさらない。俺は必ずここから逃げ出してやる。女扱いされるのは、もうまっぴらだ。


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