last spurt
002
すっかり気力を失った俺に興味をなくしたのか、ユライは仲間を引き連れぞろぞろとこの部屋から出て行った。トキもヒチに二言三言告げてから、香澄と共にユライ達の後に続く。この暗い部屋に残されたのは俺とヒチだけになった。
長く続く沈黙の中、先に口を開いたのは俺だった。
「教えてくれ、ヒチ。何があった…」
ヒチをここに残し俺と2人きりにさせたということは、ヒチに状況を説明させるつもりなのだろう。俺はどんなに惨い話でも聞く覚悟を決めなければならない。
「…ナオちゃんがチームを抜けるって言った日、家に帰ってから俺、トキが電話で話してるの聞いちゃったんだ」
ヒチはつらそうな表情のままぼそぼそと話し始める。俺は唇を噛み締めヒチの声だけを聞いた。
「会話を盗み聞きするうちに、相手がスピロのトップだって気づいた。トキはユライを、ユキって呼んでる。たぶん本名。その時はよくわからなかったけど、今日の打ち合わせだったんだと思う。トキ、雰囲気がいつもとまるで違ってた。ずいぶん前からトキに秘密の友達がいるのは知ってたけど…それがユライだって、その時初めて気づいたんだ」
「…ちょっと待て。つまりトキとユライは前から関係があって、2人が共謀して俺を潰そうとしたってことか?」
「うん…」
「そんな馬鹿な!」
今の話、どれ1つとして信じられない。俺の知るトキは仲間思いで、他人を騙せるような奴じゃなかった。それとも、初めからトキはユライのために動いてたとでもいうのか。
「お前の話を全部信じるとすれば、トキは初めからスピロの仲間だったことになる。でもそんなの有り得ない。何年一緒にいると思ってんだ。だいたい双子のてめぇが気づかないのがおかしいだろ!」
「最初からじゃないよ! トキがこっそり出かけるようになったのって、1年くらい前からだし。…その辺から、ちょっとおかしいなって思うことはあったんだ。でも、そんなに気にしなかった」
「それこそおかしいだろうが。トキはどうしてあんなことをした。真っ当な理由がない、俺達を裏切ってチームを潰して、一体何が残るってんだ!」
「ナオちゃん…」
ヒチは相変わらず悲しそうな目で俺を見つめている。だがその姿に惑わされてはいけない。どういう事情があるのか知らないが、ヒチだってスピロ側なのだ。コイツの話が真実だという保証もない。
「俺も、本当のことはわからない。トキはナオちゃんをすごく慕ってたと思う。でも、昔…」
「昔? 何だ、話せ」
ヒチは言葉にするのを躊躇っていたが、俺は奴を睨み付け続きを話すよう促した。
「関係ないかもしれないけど、未波さん達がチームを抜けた日の前に、トキが妙なこと言ってたんだ」
「具体的には?」
「…自分が、次のヘッドになるって」
「な…」
それは、まるでトキらしからぬ発言だった。チームのヘッドなんて、野心のないトキにはまるで興味のないもののはずだ。
「俺、その日いきなりトキに『もし俺が次のヘッドになったらどうする?』って訊かれたんだ。変だなって思ったけど、俺はトキが未波さんの跡を継ぐの? って聞き返した。そしたらトキは『たぶんね』って…」
その瞬間、俺の中で忌まわしい過去の記憶がよぎった。情報が多すぎて整理が追いつかない。だが、もしかすると――
「その後すぐに、未波さんがチームをやめるって言い出して、俺はてっきりトキを後釜に選んでたんだって思った。でもチームのヘッドとしてみんなに紹介されたのは、トキじゃなくてナオちゃんで」
ヒチの話は恐らく事実だ。辻褄があう。未波さんがやめる前日の夜、それは人生で一番最悪な夜だったのだ。
そうか、あの日の報いを受ける時がついに来たのか。
「もしかしたら、トキはヘッドの座をナオちゃんに奪われたと思って、逆恨みしてるのかも…」
「違う」
それは違う。トキはヘッドになりたかったわけじゃない。あの日俺が未波さんにしたこと、それが許せないんだ。
トキが俺を潰す理由――
やっと、見つけた。
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