last spurt
淘汰
明るく、賑やかな世界が目前に広がる。
馬鹿騒ぎをしているのはいつものメンバーだ。隣には優哉がいて、俺は未波さんとたくさんの先輩達、同学年の仲間に囲まれていた。みんな楽しそうに笑ってる。食べて、飲んで、くだらないことばかりしゃべって。そして店の奥ではソファーに寄りかかったトキが、こちらを見やりながら優しく微笑んでいる。トキの笑顔はいつだって、ひときわ輝いて見えた。
そう。
俺の目は、いつだってトキを追いかけていたんだ。
頭に鋭い痛みを感じて、俺は目が覚めた。良い夢を見ていたはずなのに、痛みのせいで何も思い出せない。目を開けてしまったことを心の中で後悔していたとき、目の前に人がいることに気づき俺は今の状況を思い出した。
「やぁっとお目覚めか。やっぱ傷口押さえたのが効いたな」
「な、てめっ…!」
反射的に奴を殴ろうとして、俺は自分の手が拘束されていることを知った。俺の手首は頭上で、むき出しになった配管に手錠でつながれていたのだ。その銀色の輪っかを見たときはぞっとした。こんなもの奴らはどこから手に入れたんだ。
「どういうつもりだ! お前、最初から俺と勝負する気なかったのか!」
「そんなギャーギャー怒鳴るなよ。じきにすべてわかる」
「何がわかるってんだ! 男ならこんなせこい真似してねぇで、さっさと手錠はずせ!」
幸い足は自由だったが、座らされているこの状況ではまともな蹴りを食らわすことは出来ないだろう。俺の周りにはスピロのメンバーであろう男達が何人もいる。4人どころの話ではない。ユライはやはり約束を破っていたのだ。とにかく、今は話して考える時間をかせぐしかない。
「こんな状況で俺をボコボコにしたって、俺に勝ったことには…いっ!」
頭に再び激しい痛みが襲う。傷の状態を確かめたいが、これではどうしようもない。
「ユキが頭なんか押さえつけるからだよ。ナオが死んじゃったらどうするの」
「!」
その声に反応した俺が恐る恐る顔を上げると、そこには優しげな表情で俺を見下ろすトキの姿があった。
「トキ…!」
無事で良かったという安堵感と、なぜ縛られもせずユライ達と共にいるのかという疑いが同時に顔を出す。俺の頭は嫌な現実に行き着くことを恐れていた。
「な、ん…」
言葉がうまく出てこない。捕まえられている俺といつもの穏やかな笑みを浮かべるトキという情景があまりに不自然だった。
「ごめんね、ナオ。俺ずっとナオを騙してた」
謝罪と共にトキが俺の頭を優しくなでる。
騙してたって何だ? あのトキが、俺をどうやって騙すっていうんだ。
「今日のことは全部、ナオを捕まえようと思ってやったことなんだ。ナオがこの計画に気づいてたみたいだったから、驚いたよ」
俺の知った計画、南からおしえられた計画。それは俺の近くに裏切り者がいるということ。俺を疎ましく思う人間の存在が確かにいるということだ。それを、いま目の前にしているだなんて。
「どう、して…?」
まだトキの言葉をちっとも信じられない。トキは脅されて言わされているのではないのか、その方がずっと信憑性がある。
「どうして俺がこうやってナオを拘束してるかって? …それは、あの子に聞けばいいよ」
笑顔のトキの指差した方向に目を向けると、そこには暗い表情のヒチがいた。そしてその隣にはさらに眉間に皺を寄せた香澄の姿が。
「お前ら…」
2人とも縛られてはおらず、手も足もまったくの自由だった。つまりこの場で拘束されているのは俺1人。スピロの敵は俺だけだということだ。そこから出てくる答えは1つ。
「まさかお前ら、全員グルか!?」
俺の叫び声に、トキもヒチも香澄も、誰一人言い返さない。頼むから誰か否定してくれ。どうしてこうなったんだ。こんな、こんなことは有り得ない。…信じられない。
「おい、こいつ放心しちまったぞ」
ユライの馬鹿にしたような言葉の後に下っ端共の笑い声がする。心がズタズタになり、すっかり反抗する気をなくした俺は、数歩先にいるはずのトキの顔をまともに見ることすら出来なかった。
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