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last spurt
003


その男は立ち上がり、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。脱色した髪、鋭い目つき、ガタイのいい身体。1年前とはずいぶん印象が変わったが、唇のピアスだけはそのままだ。

「おいおい、すぐに反応返せよ。俺の顔忘れたとは言わせねえぜ」

「てめぇのことなら覚えてるよ。1年前俺に負けた男だろ」

「ああ、でも今日は1年前の俺とは違う」

高梨──いや、ここではユライと呼ぼう。俺はてっきりユライが1年前の事を恥ずべき過去、汚点として抱えてるものだとばかり思っていたが、どうやらそうでもないらしい。俺に負けたことを口にした時、顔色一つ変えなかった。感情が表に出ないタイプの人間なのだろうか。いや、1年前の奴は俺に対する敵意をむき出しにしていたはずだ。それにユライは俺の本名を知っていたが、俺は名乗った覚えはない。どうも不気味だ。

「俺はてめぇを潰して、頂点に立つ。uglyのナオを倒せば他はザコばかりだからな」

「ウチがそんな簡単に潰されてたまるかよ。お前らなんか敵じゃねえ」

そうやってユライに噛み付いたのは俺ではなく香澄だ。チームを馬鹿にされた奴はやる気満々らしい。だがユライの相手はこの俺だ。こんなまたとない勝負、他人にとられてたまるもんか。

「香澄、こいつの相手は俺だ。ユライもちゃんと残りの4人、連れてきたんだろうな」

「おいおい、横のこいつら見えねえのか? ちゃんと4人いるだろ」

確かにユライの横には綿貫を含んだ4人の男達がひかえていたが、俺が聞いたのは4人連れてきたかどうかじゃない。きっちり4人“だけ”を引っ張り出してきたかどうかだ。聞いたところで奴が本当の事を言うとは思えないが。

「そっちは数が足りてねえみたいだけど?」

「後の1人は表で見張りだ。数が減ったって文句ねぇだろ」

「後で難癖つけられんのはゴメンなんだがな」

「んなことしねえよ。てめぇらには4人で充分。勝つのは俺達だからな」

ユライは俺の言葉を鼻で笑い、だらしなくポケットに突っ込んでいた手を出した。どうやらやっとやる気になってくれたようだ。

「話はここまでだ。俺達のどちらが強いか、この場でハッキリさせようじゃねえの。手加減しねえぜ、ナオ。覚悟しやがれ」

「……そっちこそ」

この言葉が引き金になり、スピロの奴らが拳を振り上げ一斉にこちらに向かってきた。まず俺に仕掛けてきたのはユライではなく、おそらくはスピロの幹部クラスであろう黒い短髪の男。いまだユライは立ったままその場を動こうとしていない。どうやら人数が合わない分、奴は傍観を決め込むようだ。

血気盛んな短髪の男は矢継ぎ早に俺に攻撃を仕掛けてきたが、俺は奴の拳や蹴りをかわしたり、いなしたりして防ぎながら相手を観察していた。確かにここに駆り出されるだけあって、この男は強い。隙が少ないし、動きにも無駄がなかった。だが弱点はある。攻撃をしかける瞬間は、誰しも懐ががら空きになるのだ。後はタイミングをとって急所をつく。相手にアッパーかますことが出来たらいうことない。

そうやってタイミングを見計らっていた俺は、周りに気を配る余裕のあったせいかすぐに異変に気づいた。さっきまで視界の範囲内にいたはずのユライがいないのだ。消えてしまった。周囲をよく確かめようとするが、今まさに俺を潰さんとする相手がそれを許すはずもなく。

「よそ見なんかしてんじゃねえよ!」

「うっ…!」

油断した途端、腹に一発きた。負傷した部分を押さえて俯く俺を見て、チャンスだと思ったのか男が続けざまに拳を振り上げる。腕は今までより大振りだ。まさにこの瞬間を待っていた俺は素早く男の懐に入り込み、顔面を思い切り殴り飛ばした。

「ぐあ…っ!」

男が完全に気絶したのを確かめてから、改めてユライを探すが近くには見当たらない。この喧騒に巻き込まれているだけかと思ったが、そうではなかったようだ。

「日浦!」

ふいに後ろから名字を呼ばれ振り返ると、部屋の中心から離れた場所にユライはいた。どういうつもりなんだと俺は身構えたが、奴は俺と目が合うと小さく笑みを浮かべ、有り得ないことにそのまま奥へと進んでいってしまった。

「ユライ! てめぇ待ちやがれ!」

「ナオ!?」

「ナオちゃん!?」

ユライを怒鳴りつけ走り出す俺に気がついたのかトキとヒチの驚いた声が響く。それに反応することなく俺はもはや見えなくなってしまったユライを慌てて追った。

奴は一体どういうつもりなんだ。まさか逃げ出したんじゃないだろうな。俺と勝負したがってたのはあいつじゃないのか。わざわざお膳立てしておいて、このまま逃げるなんて許さない。さっさととっつかまえて、俺の手で決着つけてやる。


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