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last spurt
流離



様々な電飾に囲まれた夜の街は一見華やかな世界に見えるかもしれない。けれどそこには確実に闇が紛れ込んでいる。俺達が今夜やろうとしていることは、その闇の一部にすぎない。夜は長く、また恐ろしいものなのだ。



「ナオさん、どうやらこの建物らしいです」

「……マジで?」

スピロの綿貫が勝負の場に指定した廃ビルは、繁華街から遠く逸れた奥まった場所に存在した。廃墟と化して随分時間がたっているのか劣化が酷く、暗闇の中、外から眺めても今は使用されていないことが容易にわかる。しかし問題はそんなことじゃない。

「何が廃ビルだ…! 思いっくそ病院じゃねえか!」

そう、綿貫がいい場所といって指定した建物は、ずいぶん前に閉鎖されたという大きな病院だったのだ。

「おい優哉っ、ホントにここなんだろうな!」

「…間違いなく」

綿貫から渡された紙のコピーを手に持ち、優哉はげんなりした表情で返事を返した。確かにサツもあまり寄り付かない恰好の場所ではあるが、そんな建物にはやはりそれなりの理由がある。この病院が取り壊されないのは、工事をするたびに死人が出るからだという噂もあるぐらいだ。さすがにそれはただの噂でしかないのだろうが、間違っても自主的に入りたいなどとは思わない。

「もしかしてナオさん、怖いんですか?」

「まさか。薄気味悪いとは思うけどな」

優哉のからかいを軽く流して俺は病院の周囲を注意深く観察した。侵入を防ぐためなのか病院の周りには金網が張り巡らされ、絶対に乗り越えられない柵になっている。

「この紙によると、正面の門あたりの金網が破れていて簡単に入れるそうです。破ったのか本当に破れてたのかは謎ですけどね」

「で、トキ達は?」

「すでにその入り口に到着してるかと」

俺達は、とある事情のための勝手な自己判断により現地集合となったのだ。ちなみに優哉は俺の巻き添えである。


街灯の少ない道路をしばらく歩くと、暗闇の中に3人分の人影が見えた。向こうもこちらに気がついたのか、その中の1人がこちらに向かって叫んでくる。

「遅いよナオ! なかなか来ないから何かあったのかと思った」

この憤慨しつつも安堵したような声の主はトキ。まだ指定された時間まで余裕があるにも関わらず、すっかり遅刻扱いだ。

「ナオいつもは一番乗りなのに今日は……ってその顔どうしたの!?」

遠く離れた街灯の光だけでも俺の顔の傷は見えてしまったらしい。絆創膏でも貼っとくべきだったか。

「別に何でもねえよ。昨日ちょっとその辺の奴らにからまれただけだ」

「からまれたって…平気?」

「見りゃわかんだろ」

桐生が報復に来たなんてしゃべったら、またややこしい話になる。だからこそ現地集合にしたのだ。ここに来るまでに無駄な力を使いたくない。

「ナオちゃん、怪我したの?」

トキの肩口から、ヒチが心配そうな顔を覗かせた。いつもより明らかに精気がなく沈んだ声だ。一昨日あんなことがあったのだから無理もない。それとも久々の抗争に緊張しているのか。いや、ヒチに限ってそれはないな。こいつは喧嘩となると通常の3倍はテンションが上がるタイプの人間なのだから。つまり今日は色々と特別ということだ。

「おい、そろそろ時間だぞ」

俺の怪我になどかけらの興味もない香澄が、携帯で時間を確認しながら俺達を急かす。奴の言葉を聞いて皆が破れた金網に足を向ける中、俺は優哉の手を掴んだ。

「優哉、お前は残ってここで見張りをしてくれ」

「なっ…、どうしてそんなこと言うんですか!? 絶対嫌です!」

実はこの勝負を受けてから考えていた事だったが、当然優哉は受け入れてくれなかった。だが俺だって引く気はさらさらない。

「見張りをしてほしいなんて嘘でしょう? ナオさんは僕に来てほしくないだけだ」

「…否定はしない」

突然もめだした俺達に皆の視線が集まる。優哉は悔しそうな目で俺を睨みつけてきた。

「僕が、足手まといになるからですか」

「理由の半分はそうだ。でも残りの半分は違う。俺はお前に怪我してほしくないんだよ」

「でもここまで一緒にやってきたのに、ナオさんが僕をこのチームに入れたのに、最後の最後で蚊帳の外にするなんて…!」

「優哉!」

俺は優哉の肩を掴み、頭を下げた。それを見て目を見張ったのは優哉だけじゃない。諦めてもらうためなら俺は何でもするつもりだった。

「本当にお前には悪いと思う。俺がお前の立場だったらきっと納得しない。でも今回の相手はいつもの雑魚とは違う。優哉だって無傷で済むわけがない。俺はお前に傷ついてほしくないんだよ。お前が来たら、俺はきっとお前のことが心配で自分の敵に集中出来なくなっちまう。ヘッドが言う台詞じゃないってわかってるけど、頼む、優哉。ここにいてくれ。お前にもしものことがあったら、俺はきっと自分を一生許せない」

これが最後なのだ。最後だからこそ、優哉に怪我はさせたくない。俺はこのチームも優哉も欲しくて、そしてどちらも手に入れた。ここまで必死に守ってきた努力を無駄にしたくない。優哉と一緒にいたいという俺の我が儘で彼の人生を台無しにするわけにはいかないのだ。

「頼む」

俺の懇願に優哉はしばらく何も言わなかったが、やがて諦めたように溜め息をつき小さく頷いた。

「…一生、恨みますよ」

「優哉!」

俺は優哉を説き伏せられた安堵感のあまり彼をきつく抱きしめてしまった。正直、優哉を説得出来るかどうか自信がなかったのだ。

「わかってくれて良かった。本当にごめんな、優哉」

「ここまではっきり足手まといと言われたら、逆にふっきれました。そのかわり、必ず勝って無事に帰るって約束してください」

「約束する、絶対勝つから」

「もし破ったら、許しませんよ」

その拗ねたような口調に自然と笑みがこぼれる。
ふと優哉から視線をはずすと、香澄はすでに柵の向こうにいた。こちらをちらりと見もしない。

「でも優哉がいないなら、こっちは4人になっちゃうね」

そう呟いたのはトキだ。だが彼の声の調子に不安は感じとれなかった。

「それくらいのハンデがあったっていい。俺達は絶対負けないからな。ほらヒチ、はやく網くぐれ」

優哉の気が変わらないうちに、と俺はトキの背中を押した。

「優哉、警察が来たらワン切りして知らせろ。んでお前もすぐに逃げろよ」

「でも…」

「いいな、優哉。とにかく気をつけろ。何かあったら逃げるんだ」

俺は半ば無理やり優哉を頷かせると、彼をその場に残しトキに続いて破れた金網をくぐり抜けた。


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