last spurt
007
墓参り、といえば聞こえは良いが俺が月に一度はやっているこれはただの逃げだ。花を供えるわけでも墓石を拭いたりするわけでもない。ただ嫌なことや悩みが出来たとき、足が自然とここに向かうのだ。
「…俺、どうしたらいいかな」
夕日に照らされた墓石の前に座り込んだ俺は、誰にともなくつぶやいた。当然ながら返事はなかった。死んだ両親に話しかけたところで意味はない。大好きな父さんと母さんはとうの昔に死んでしまったのだから。
わかっていても、ここに来ての泣き言はどうしてもやめられない。じわり、と目がにじむ。そして同時に右から誰かが近づいてくる足音が聞こえ、慌てて顔だけで横を向くと俺のよく知る親友がこちらへ向かってくるところだった。
「優哉…」
「やっぱり、ここだったんですね。何度も電話したのに出ないから──ってナオさん!?」
いたたまれなくなった俺は立ち上がり、優哉に背を向け逃げるように走り出す。けれどすぐに腕を掴まれてしまい、俺は身動き出来なくなった。
「どうして逃げるんですか? ナオさん、こっち向いて下さい」
「……優哉、俺」
痛いほどに腕を掴まれ逃げることはすぐ諦めたが、どうしても顔を見せたくなかった俺は俯いたまま口を開いた。
「…俺、今までお前に、両親が死んだ日から泣いたことないって言ってただろ」
「え? ええ…」
「あれ、嘘なんだ。全部ただの見栄。ほんとはあの日から毎晩泣いてた。さすがにもう泣くことはなくなったけど、兄貴が出てってからはまた…1人になると心細くてさ」
止めようとすればするほど、じわしわと溢れて出してくる。涙声だけにはならないように喉の奥からまともな声を絞り出した。
「俺、すげぇ涙腺の緩い男で、でも人前では絶対泣きたくなくて。意地とかプライドばっか高いんだよ。だから今、お前に顔見せられない」
「ナオさん…」
言いたいことをすべて伝えきった俺の肩は、みるみるうちに力が抜けていく。しかし次の瞬間優哉は腕を勢いよく引き、無理やり俺の身体を抱き込んだ。
「優っ─」
「こうすれば、ナオさんの顔は僕から見えません。そうでしょう?」
「な……」
怒鳴ろうとした俺の怒りが一気にそがれる。この年になって幼なじみと抱擁をかわすなど、ヒチのときにはなかった羞恥を感じた。
「だから、ぜったい1人になんてならないで下さい」
泣いているのは俺のはずなのに、優哉の方がつらそうだ。以前、優哉は俺を守りたいなんてこぼしていたことがあった。男である俺は守られるなんて女々しい真似はされたくないが、それはきっと優哉も同じなのだろう。守られるだけの存在であることがつらいのだ。俺はもっと優哉に甘えるべきなのかもしれない。それが俺自身のためであり、優哉のためになる。
心と身体、ともに限界に近かった俺は感情のまま優哉にすがりついた。肩口に顔を埋め、今まで隠してきた情けない部分までさらけ出した。
「もう…嫌なんだ、1人は。1人になるのは」
「はい」
「俺が真面目になったら、兄貴、帰ってきてくれるかな…」
「もちろんです。お兄さん、ナオさんのことあんなに好きだったじゃないですか」
「うん……」
もう、つらいことを考えるのは疲れた。俺が喧嘩をやめて、毎日学校に通って、ちゃんと生活出来るようになったら兄貴は戻ってくる。それまでだって俺は1人じゃない。優哉がいるし、みんながいる。こんなに俺のことを思ってくれる親友がいるんだから、俺は幸せ者だ。
「優哉」
「はい?」
「俺の泣き顔見ても、引くなよ」
俺は肩先から顔を離し、優哉を真っ正面から見つめた。おそらくはみっともない不細工な顔になっているだろうが、気にはしなかった。だが優哉からの何かしらの反応を待っていても、奴は呆然としたまま動かない。
「おい、なんか言え」
「……………その口の怪我、どうしたんです」
「あっ」
う、わ!
そうだった、俺の顔には桐生にやられた傷があったんだ。喧嘩の件が優哉にバレたらまたやっかいなことになる。
「や、これは違うんだ。さっきちょっと壁に突っ込んじまって」
「…そうですか。これからは気をつけてくださいね」
「………」
優哉がおかしい。こんなバレバレの嘘にまったく反応しないなんて。しかも俺の顔をずーっと飽きもせずに見つめている。
「お前、一体どうしたの?」
「え…あ、いや、可愛いなあと思って」
「何が?」
「ナオさん」
「ぶッ!!」
俺は奴のその一言に、口から何か飛び出すんじゃないかと思うぐらい驚いた。
「は、はぁ!? 何言ってんだよお前! 俺のどこが!」
「泣き顔」
「うぉらあ!!」
「痛っ! 何するんですか!」
「てめぇがふざけたこと抜かすからだろうが! なんだ男のツラ見て可愛いって!」
「だ、だってホントのことですもん」
「〜〜っ!」
せっかく友情を深めあっていたはずなのに、空気の読めない優哉のせいでぜんぶ台無しだ。優哉のバカ。なんでこんな状況でそんなふざけたことが言えるんだよ。
「お前の言うことどっからが本気かわかんなくなっちまっただろうが! もう俺をからかうな!」
「だから、からかってなんかないですってば」
優哉はこりもせず俺の言葉にいちいち言い返してくる。けれどそうやって口喧嘩しているうちに、俺はなんだかすべてが馬鹿らしくなり、おまけに気も楽になってきた。だいたい起きてもいないことでここまで悩むなんて事自体くだらない。確信のない情報に踊らされて、俺はずっと1人でからまわりしていただけだ。
「…もういい、帰るぞ優哉」
「帰るって」
「家にだよ。決まってんだろ」
ひととおり怒鳴り合った後、俺は優哉を置いてさっさと歩き出した。俺を追う優哉の焦った足音が聞こえ、思わず口元がゆるむ。優哉はしゃくにさわる幼なじみだが、こいつと話していると悩みも嫌な事もすべて吹っ飛んでしまうのだ。
俺は今までだって、ずっとみんなに助けられてきた。いい友人にも恵まれて幸せだった。ならばその友情を、最後まで信じきったっていいはずだ。
裏切り者なんてどこにもいやしない。疑う方が馬鹿げてる。
傾く西日の中、優哉と並び歩くこのときの俺は確かに、1ミリの疑念も持っていなかった。
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