last spurt
006
痛い。
手が痛い。腕と足が痛い。そしてなにより顔が痛い。
「ひでぇな、桐生」
口から出る血を拭いながら、傷の状態を確かめる。まともにくらったパンチの威力は相当なものだった。
「お前が顔は狙わないっつうから、俺はそれを信じたんだぜ」
俺の責めるような言葉に桐生は笑う。何がそんなにおかしいのか、俺にはわからない。
「悪いなナオ…事情が、変わったんだ。てめぇが、ずいぶん…ひどくやってくれたからな」
「ひどく…? それってお前に対して? それともコイツら?」
床にふせった男どもを指差し尋ねる。桐生はまた笑った。
「てめぇがこんな…化け物だったとはな。完全に計算が狂った」
「お前の手下が弱すぎるんだよ」
俺がゆっくりと桐生に近づいていっても、奴は逃げようとはしなかった。もっとも、そんな立っているのがやっとの状態で逃げられるはずがないのだが。
「5人のチームがやっていくための秘訣の1つは、目立たないようにすることだ。潰すのも馬鹿らしくなるぐらいにな。それでも、お前みたいに手ぇ出してきた場合は──」
「ぐッ!」
桐生のみぞおちにとどめの一発。もともと弱っていた奴は抵抗する間もなく意識を失い崩れ落ちた。
「いってぇ…」
桐生の腹にぶち込んだ手が痛い。桐生に殴られた口元が痛い。俺は昔から殴られるとか蹴られるとか、痛いことはすごく嫌いだ。こんな性分の人間は本来なら喧嘩や格闘技には向いていないのだろう。そういえば未波さんが、怪我をしないようにするための一番の近道は強くなることだと、笑いながら教えてくれたことがあった。
地面に倒れている男達を見ても自分がやったのだという実感はあまりなかった。もちろん記憶はある。ただ一度スイッチが入ると自分では制御出来なくなるのだ。条件反射のような無意識といってもいいくらいの状態では非道なことも平気でしてしまう。あまり気持ちの良いものとは言えないため、俺はいつも6割程度の力しか出してはいなかった。人を殴るのは好きじゃないはずなのに、いったん本気を出してしまうと止まらなくなってしまうのだ。歯止めのきかなくなった俺は、優哉でさえ知らない危ない人間だった。優哉ならきっとこんな俺も受け入れてくれるのだろうとは思う。だがわかってはいても俺は──
「くそっ…」
壁を殴りつけながら俺は自分を見失っていた。この有り様も、明日のことも、何も考えたくはない。
裏切り者は誰だとか、今そんなことが本当に重要なのだろうか。誰も俺には勝てない。それこそが未波さんが俺をヘッドにした理由だ。誰が俺を裏切っていたってかまうものか。桐生だって、ユライだって、もちろんチームの誰だって俺に勝てはしないのだから。
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