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last spurt
005


しきりに訝しがるトキをなんとか家に帰した後も、俺はその場にうずくまって動かなかった。頭の中にはまだトキの怯えた顔が焼き付いている。長いつきあいだが、あんな表情今まで見たことない。原因をつくってしまった俺は自己嫌悪と表現するには単純すぎる感情に埋もれていた。

こんなにもトキが好きなのに、トキを怖がらせてしまった。それがたとえほんの少しであったとしても、けして許される話じゃない。欲がいつかむき出しになってしまうかもしれないと考えれば考えるほど、自分が恐ろしい。どんな形であれ俺はトキを幸せにする、この感情を自覚してからそう誓ったはずなのに。
もし本当にトキを愛しているなら、トキの幸せを1番に望む。それが、絶対見失っちゃいけないとても大切なことだ。







「お前、俺らのテリトリーに入るのがそんなに好きなのか? ナオ」

「…っ!」

声をかけられるまで、多数の男達が側まで来ていたことに気がつかなかった。それほどまでに俺はふさぎ込んでいたということだ。

「反応が薄いな。くたばりかけの猫みたいな顔して、一体どうしたんだ」

「…桐生」

奴は俺の落ちた声を聞いて、怪訝そうに眉を顰めた。ついこの間つけてやった奴の怪我はまだ完治していないようだったが、ちゃんと2本足で立っていることには素直に感嘆した。

「全員メンバーチェンジか。人数多いところは換えがきいてうらやましいよ」

「軽口叩く余裕はあるらしいな」

桐生が引き連れている連中の中には、カイをのぞいて傷のある男、すなわち前回と同じ男は1人もいなかった。おそらくまだあの時の怪我を引きずっているんだろう。

「お前はこの辺りをうろついて一体何してやがるんだ。俺に復讐の機会を与えたいとしか思えねぇ」

「俺にご執心なのはてめぇの方だろ。それにこの辺りはギリギリお前たちのもんじゃねえはずだ」

こうやって意味のない会話を繰り返しているうちに、男達は俺を取り囲んでいく。危機的状況ではあったが、俺は少しも慌てなかった。

「前てめぇにやられた分、しっかり清算してやる。今日は誰も助けはこないだろうしなぁ」

「…そう、だな」

無気力な俺の返事に、桐生が気に食わないという顔をする。この時ですら俺は思考はまだ別の場所にあったのだ。

「お前、逃げねえの?」

「……なんか、もうどうでもよくなっちまった」

「へぇ」

今の俺に自分の身を気にかける隙間はない。あるのはトキにしたことへの後悔と罪悪感だ。

「抵抗しても顔だけは傷つけないでいてやる。もったいないからな」

「そりゃ嬉しいよ、桐生」

「はっ、そうやって平然としてられんのも今のうちだぜ。ああ、早くお前の泣き顔が見てえな」

ためらうことなく近づいてくる桐生を目の端でとらえ、俺はようやく重い腰を上げた。奴との距離はもう1メートルもない。

「ちょっとぐらい痛くても我慢しろよ、ナオ。これは仕置きなんだから」

桐生の手がすばやく俺の腕にのびる。俺は静かに一歩さがると、自分を囲む男の人数を素早く数えた。


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