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last spurt
004


派手に転んだにも関わらず、俺の予想した衝撃はやってこなかった。それもそのはず、トキがとっさに俺の下敷きになってくれたのだ。

「──悪い! 大丈夫かトキ!」

「…うん。一応平気」

トキの安全を確認し慌てて彼から離れようとした俺の身体は、その体勢に思わず固まってしまう。アスファルトに押し付けていたトキの顔は俺の目と鼻の先で、思わず心臓が止まりそうになるほど近かった。

「ナオ?」

早く、早く立ち上がらなければ、この状態は不自然すぎる。わかってるはずなのに俺の身体はピクリとも動かない。そうしているうちに、まったく違う思考が俺の頭の中をどんどん浸食していった。

俺は今まで、トキのことを疑ったことは1度だってない。どんなときでも信じていたし、それはこれからも変わらないつもりだ。にもかかわらず何故かこの瞬間、今まで築いてきたはずの自信がいとも簡単に揺らいでしまった。

もし、トキが俺を嫌っていたら、憎まれていたらどうしよう。根拠も理由も俺の中にはないはずなのに、不安はどうしても消えてくれそうにない。ヒチが裏切り者であり得るなら、トキだって可能性はあるんじゃないだろうか。だいたい今日のことにしたって、香澄の家に行っただけで根ほり葉ほり訊かれて、普通じゃない。
けれどもし、俺がチーム内の不穏な動きに感づいていることをトキが知り、自分に目がいくことを恐れ探りを入れてると仮定すれば、すべてつじつまがあってしまう。

「どうしたの? ナオ?」

トキの心地良い声が俺の耳を刺激する。そしてそれと同時に自分の中の恐ろしい悪魔が囁いた。
今だったら、トキを好きなように出来る。こんな場所、誰も現れやしない。そしてこの状況から、トキが俺から逃げられる可能性はゼロに等しい。どうせ嫌われている身なら、今こいつに何をしたって──

「どいて、ナオ」

トキの声に微かだが焦りが混じっている。疑心の塊と化した俺はゆっくりと左手でトキの肩を押さえつけ、右手の人差し指でその首に触れた。
だがその瞬間、トキが息をのみながら俺を見上げ、震える声で呟いた。

「今日、いつものナオじゃないよ。ちょっとこわい」

トキの大きな瞳に俺の醜い姿が映し出される。あさましい自分の顔とトキの不安に揺れる目を見て、俺は絶句した。

最低だ。俺は大馬鹿者だ。自分の被害妄想を、トキを支配する理由にしようとするなんて。たとえどんなことがあったって、好きな人を傷つけるようなことはしちゃいけない。俺はただ、自分を見てくれないトキに対して苛立ち、業を煮やしていただけだ。ちょっとでもトキを疑って、あまつさえ襲おうとするなんて。自分の本性を垣間見た気がして、とても恐ろしくなった。

「ごめん…、ごめんな」

トキにあわせる顔がなくなった俺は目を伏せながら立ち上がり、2、3歩後ずさる。するとトキもすぐさま身体を起こし俺の腕をそっと掴んできた。

「やっぱりレイと何かあったの?」

「や、あいつとは何もねえよ。心配すんな、ただ明日のことで気が立ってるだけだ」

不安にさせてはいけない、と俺はトキにぎこちない笑顔を見せる。トキはまだ戸惑っていたけど、俺に優しく微笑みかけてくれた。

「なあ、トキ」

「なに?」

「お前、香澄のこと好きか」

「うん」

すぐに即答されて、俺は内心驚いた。昨日のヒチの対照的な言葉がとっさに蘇る。

「…どうして?」

「それは内緒」

いたずらっ子のような、無邪気で無垢な表情を見せるトキ。けして弱くはない嫉妬を感じながら俺は胸に複雑な思いを抱えていた。


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あきゅろす。
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