last spurt
003
バーテンとの話を終えた後、俺はトキにメールを送り、3日前桐生といざこざのあった路地裏でトキを待っていた。ここは俺にとって嫌な場所ではあるが、あの店で待ち合わせなんかしてスピロの連中と顔を付き合わすのはもっと嫌だ。ここなら目立たないしめったに人も来ないだろう。
トキの話も気にはなるが、だいたい予想がつく。いま考えるべきはユライのことだ。俺は、いや俺達はそんな奴と闘ったりして大丈夫なのか。むろん負ける心配をしている訳じゃない。勝った時が怖いのだ。
だがしかし、もしそのやくざの組長とやらに報復されるのだとしたら、俺はとっくの昔にやられてるのではないか。現に1年前、ユライをボコボコにしたのは他でもない俺だ。もしかしたらこの話はまったくのデマかもしれない。
「ナオ」
頭を抱え悩んでいた俺は、その声に顔を上げた。そこには案の定、呆れた表情のトキが立っていた。
「こんなとこで何してたの? この辺は危ないんだよ。ナオだって知ってるだろ」
「ブラッドなんとかなら大丈夫だって。俺らが潰したばっかじゃん」
「ブラッド・バインズ」
何気なくトキの質問をかわした俺は、これ以上詮索される前に本題に入った。
「で、話って」
「ああ、そうだった。ナオ、どうして昨日レイの家に行ったりしたの?」
「……」
そんなことを聞くためだけに、とも思うがトキの疑問はもっともだ。俺と香澄は長いつきあいになるが、今まで一度たりとも互いの家に行ったこともなければ住所すら知らない。業務連絡ですら嫌がっていたのだ。ちょっと仲が悪い程度ですまされるレベルではない。そんな俺が、わざわざ香澄の住所を調べて家まで赴いた。しかもその理由をトキにおしえないとなれば、気になるのは当然だろう。
「ちょっとした確認だよ。もうすぐ俺チーム抜けるだろ。だからその、後々のこととか」
「レイをヘッドにする気?」
「いや、それは俺が決めることじゃねえから…」
ヘッドにするなんて信憑性の薄い話はしない方がいい。俺が香澄をそんな優遇する訳がない。
「よくわかんないな。だったら何でナオとレイが個人的に会わなきゃならないの?」
「別に理由なんていいだろ。お前こそどうしてそんなにつっかかるんだよ」
トキは、普段ならこんな風にしつこくしたりしない。それなのにどうして今日はここまで神経質になってるんだ。俺がもうすぐやめるからか、それともスピロとやり合う前の日だからか。まさか香澄のことだからじゃないだろうな。
「別に、ただレイと何かあったんじゃないかと思って。明日は大事な日だし…」
「レイレイって、お前は香澄の何なんだよ。しつけぇな」
トキと香澄は、仲が良い。だからといって2人が付き合ってるとか、そんな心配をしてるわけじゃない。でもやっぱり香澄のことばかり口にするトキを見ると、どうしても苛立ってしまう。気にくわないのだ。
「俺と香澄が何しようが俺らの勝手だろ! そんなこと詮索するためにわざわざこんなとこまで来て、そっちのがおかしいよ」
言い過ぎた、と思ったが口にしたものは取り消せない。後悔で目を伏せた俺に、トキがちょっと悲しそうな目をして手を伸ばしてくる。俺はそれを反射的に振り払った。
「ナオッ、危ない!」
その瞬間、すぐ後ろにあった段差に足を引っ掛けた俺は、後ろ向きにバランスを崩してしまう。だがそれを助けようとしたトキが俺を抱きとめ、そのまま2人して倒れ込んだ。
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