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last spurt
002



雰囲気のある店内に入ると、前回同様そこには誰もいなかった。だが開いているということは誰かがいるということで、俺は遠慮がちにカウンターを覗き込んだ。そしてその瞬間、いきなり奥から若い男が飛び出してきた。

「うあっ、すみませんお客様!」

突然のことに、よろけそうになった俺の腕を男がつかむ。安堵と驚きのあまり俺は彼をまじまじと見つめてしまった。

「お客様…?」

固まった俺が心配になったのか男が不安げに顔をのぞき込んでくる。ここのバーテンらしき彼は右手に箒とちりとりを持っていた。表の掃除でもするつもりだったのだろうか。

「平気です、こちらこそすみません。…実は俺、客じゃないんです。ここの人に訊きたいことがあって…」

「訊きたいこと?」

「南って人のことなんですけど。ここのバーテンの」

トキが来るということで焦った俺は直球にものを尋ねたが、男の顔を見てそれは早計だったと後悔した。

「何のために?」

「それは…」

「理由が言えないんじゃ、おしえられないね」

男は明らかに俺を不審に思っている。しゃべり方も敬語ではなくなった。だがここは何とかごまかさないと、まずいことになる。

「実は俺、姉を探してて…」

「姉?」

俺はこれからつく嘘に矛盾がないかどうか必死で考えながら架空の姉弟を作り、話をでっちあげた。

「姉は一週間ほど前に、恋人と一緒に住むと書き置きを残して消えたんです。親も心配してるんですけど連絡がつかなくて。その恋人に関してもこの店の常連だってことしか知らないんです。それで先日、この店に来て南さんに色々おしえてもらったんですけど、なかなか信じられない話ばかりで……」

「…それってどんな話?」

この嘘八百の作り話に、バーテンはわかりやすいほど興味をしめしていた。まだ若いだけあって好奇心は強いらしい。これなら騙し通せるかもしれないぞ。

「南さんは、その恋人はこの辺一帯を支配してる不良チームの幹部だっていうんですよ。でも、そんなの俺、信じられません! だって姉は真面目で、絶対そんな危ない人達とつるむようなタイプじゃないんです!」

俺は目を潤ませながら、姉を案ずる哀れな弟を演じた。我ながらなかなかいい作り話だと思う。これならこのバーテンから、南だけでなくスピロの話も訊ける。いま即興で考えたにしては上出来だ。

「あの、いったん落ち着いて。まずアンタの名前は? もしお姉さんの写真とか持ってたら、俺も見たことあるかも」

「あっ、すみません。俺は柴田ナオです。姉さんの名前はユリで、この店には来たことないんです。でも南さんが言うには、不良の1人が姉さんの話をよくしてるって…」

俺は以前も使った偽名を名乗ったが、架空の姉はふいに頭の中に浮かんだ名前を使った。確か俺にはユリなんて女友達はいないはずだが、誰の名前だっただろうか。

「この話、あなたはどう思います? 南さんってのは嘘をつくような人なんでしょうか? 姉さんは本当にそんな男と…」

うっ、と目頭をおさえて泣いてるふり。脳内姉貴の不幸話は現在も進行中だ。

「そりゃあ、お前も大変だったな…。ユリって名前は知らねえけど、何か俺に出来ることがあったら協力するぜ」

単純というか思惑通りというか、男はあっけなく騙された。もしかしたら俺は詐欺師の才能があるかもしれない。

「お前には悪いけどさ、俺は南さんが嘘つくとは思えないよ。あの人すげぇいい人だし。南さんがそうだって断言したんなら、そうなんだと思うぜ。実際、この店には不良グループの幹部が出入りしてるしな」

「そんな…」

途方に暮れる弟のふりをしながら、俺はない頭で必死に考えた。南は本当にコイツのいうとおり、信頼に足る人物なのだろうか。何にせよこの男がここまできっぱり言い切るということは、完全に南を信じ切っているということだろう。

「そのお姉さんの恋人の名前、南さんから聞いてないか?」

「えっと……たしか、綿貫って」

「綿貫!?」

男が唐突にデカい声を出し俺は目を見開いた。何かまずいことをいっただろうか。俺の知ってる幹部は奴だけだったから、一か八かの賭でこの名前を出したのだか。

「おい、そりゃやべえって。綿貫っていやあ、ヘッドの右腕だぞ! 俺あんまり見たことねえけど、あんなのには関わらない方がいい」

「そんなに怖い人なんですか…?」

「綿貫がっつうより親玉がだよ。なんでも幹部らの話し聞く限りじゃ、綿貫らのボスはやくざの息子だって」

「は!?」

俺は演技も忘れて本気で叫んだ。ありえない。だって俺は、そんな本物のやくざと関わる気はまったくないのだから。

「確かなことはわかんないけどな。あくまでそういう会話があったってだけだから」

「……」

もしかしたら俺は、とんでもないことに片足を突っ込んでるんじゃないだろうか。右耳から左耳へと通り過ぎていく男の話を聞きながら、俺はだんだんと激しくなっていく胸の鼓動をおさえることが出来なかった。


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