last spurt
005
「来るなら来るって昨日言っとけよ」
事情を聞くと、どうやらヒチは俺に会うためにわざわざここまでやって来たらしい。だったら昨晩のうちに連絡くれればいいのに、と思うのだが。
「なんとなく断られそうだったからさぁ。ナオちゃん、ここで何してんの?」
「別に」
香澄のことを監視してるなんて口がさけても言えない。けれどうまい言い訳がすぐに見つかるはずもなく、俺は視線を泳がせた。
「…ふーん。じゃあさ、今日は俺に付き合って」
「何でだよ。俺はここにいなきゃなんないの」
ヒチが何を思ってそんなことを言うのかわからないが、おそらくは相当暇なのだろう。残念ながら今日の俺にこいつの相手をするだけの時間の余裕はないが。
「ナオちゃんに話があって」
「話? …だったら今ここで言えばいいだろ」
「ここじゃ嫌なんだ。お願い」
「駄目だ」
すげなく断ってはみたもののヒチの一生懸命な姿に、なんだか胸騒ぎがした。何か深刻な話かもしれない。
「どうしてもってんなら悪いが今ここで言え。まわりに人もいないし、別にいいだろ」
「明日は?」
「明日もだめ」
事によれば明日も香澄を見張らねばない。それに明後日はいよいよ由来と決着をつける日だ。そんな大事な一戦の前の日にコイツに付き合う余裕なんてない。だいたいヒチが脳天気すぎるんだ。
「どうしても?」
「どうしても」
「………」
ヒチは長いこと考え込んでいたが、やがて決心したかのように俺の手をガシッと掴んだ。
「じゃあさ、ムードないけど今言うよ………」
「早く言えって」
「俺、」
「?」
「ナオちゃんが、…好き、なんだ」
「…知ってるけど」
言葉をためてくるから重大な秘密か何かかと思ったら、そんなこと1日に何度も聞かされてもう耳ダコだ。
「違う、違うよナオちゃん。俺、本気なんだよ」
「本気、って…」
いつものおふざけを笑い飛ばそうとしてヒチの顔を見た瞬間、俺の笑みはあっという間に消えた。ヒチの目は俺が竦んでしまうほど真剣だった。
「俺をちゃんと見てくれたの、ナオちゃんだけだよ。俺とトキ、見た目は似てても中身はトキの方がずっとすごいんだ。だからみんな、いっつもトキだけ見てる」
「ヒチ…」
俺は今までトキの方が特別秀でていると思ったことはなかった。確かにトキの方が頭はいいが、ヒチはヒチでトキより喧嘩が強い。2人にはそれぞれ得意なことがあって、苦手なこともあると思う。でもいくらそんなこといったって俺もそのトキを見ている1人であることに違いはない。
「俺、ナオちゃんが好き。ずっと好き」
ヒチの言葉に対して喜びも驚きもなかった。俺はただこれからのことばかり考え、呆然とその場に立ち尽くしていた。
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