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last spurt
008


日もとうに暮れ空が薄暗くなった頃、南の親が見舞いに訪れ俺と優哉は早々に退室した。南の両親は顔も雰囲気も南とちっとも似ておらず、見るからに厳しそうな人達で一礼した俺と優哉のことを訝しそうな目で見ていた。優哉は最後まで愛想良くしていたが俺の頭の中は別のことでいっぱいで、周りに気を配る余裕は少しもなかった。










「ナオさん」

病院のすぐ前にある並木道を2人で歩いていたとき、優哉がどこか物悲しい調子で俺を呼んだ。

「んー…?」

「大丈夫、ですから」

てきとうに生返事をした俺に励ましの言葉をよこす優哉。
…おかしい。つい10分前の優哉なら、スピロとやり合うのは即刻やめろだのなんだのと、ぐちぐち言ってきたはずだ。

「別に俺、気にしてねえよ。香澄が何しようと今さら不思議じゃねーし」

「そういう意味じゃなくて…」

「だったら何だよ。早く言え」

なげやりに返事を返していた俺の腕をつかみ、優哉は足を止める。辺りはもうすっかり暗くなって少し肌寒かった。

「僕は…正直いつもみんなの足手まといで、ナオさんに守ってもらってばかりの頼りない男です。だから、今の僕ではナオさんを守ることは出来ません」

「お前いきなり何の話──」

「聞いてください」

優哉の表情は、ちょうど街灯からの光の影に隠れて見えない。でも俺の腕を握る手は温かく優しかった。

「でもナオさんには、ナオさんを助けてくれる人達がたくさんいます。トキさんやヒチさん、もちろん香澄さんだってそうです。だからきっと、大丈夫」

「……」

優哉の口調は、俺にというより自分に言い聞かせてるみたいだ。まるで別人みたいにしおらしくなって、そんな優哉を見ていたらこっちの調子まで狂ってしまいそうだった。

「何でそんなこと気にするんだよ。俺はお前がいてくれるだけでじゅうぶんなんだけど」

「……」

どうも煮え切らないその態度に若干いらついた口調になっても、優哉は何も応えてくれない。いつもの俺を馬鹿にする優哉の方が何倍もマシだ。

「それでも僕はもっと強くなって、一度でいいからナオさんを助けたいです」

「だからなんでそんな……優哉、今日のお前ちょっと変だぞ」

やっと口を開いてもそこに普段の優哉はいなくて、変わらず陰を抱えたままだ。南から聞いた話のせいなのだろうか。

「俺はそういうのいらないんだって、本当に。それに優哉は俺の成績向上に、かなり貢献してくれてると思うけど?」

俺は十分、優哉に助けられてる。そういう意味を込めてふざけた調子で笑いかけると、優哉は一瞬泣きそうな顔になった。でもそれは本当に一瞬で、すぐに普段のすました顔に戻った。

「つか俺は1人でも全然へーきだから。お前に守ってもらう必要も誰かの助けもイラナイ」

「…昨日は危機一髪でしたけどね」

「あれはちょっと油断しただけだ!」

俺が噛みつくと嬉しそうにはにかみながら笑う優哉。コイツのめったに見せないこの顔が好きだ。ああ、やっと元の優哉に戻ってくた。

「優哉」

「はい?」

「俺、明日香澄に会ってくるよ」

想像通りの仰天面を見せた優哉を置いて、俺はすたすたと歩き出した。案の定後ろから優哉の足音が追ってくる。

「僕も行きま──」

「お前は来んな」

「な、何でですか!」

「何でもだ」

これ以上厄介事にコイツを巻き込みたくない。俺がここまで引き込んでおいて、そう考えるのは身勝手だろうか。

「ちょっと話してくるだけだよ。うまくいけば向こうがボロ出してくれるかもしれない」

「………」


優哉は最後まで不満気な顔をしていたが、結局は俺が説き伏せなんとか納得してくれた。衝撃的な事実を知った割には俺は極めて落ち着いていた。自信からくる余裕とでもいうのか。日頃から香澄には嫌われていると自覚していたし、いつかこうなる日くるのではとどこかで思っていたのかもしれない。さすがにこんな形で予想が当たるとは夢にも思わなかったが。

優哉を自宅まで送り届けた後、1人になり自宅に帰る途中妙な胸騒ぎを覚えた。理由はよくわからない。
香澄が裏切ったくらいで俺が由来に負けたりするものか。いくらそう自分に言い聞かせてもその凶事の予感が消えることはなかった。


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あきゅろす。
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