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last spurt
004


「初めまして、私、スピロの幹部の1人、綿貫と申します」

入ってきたのは見覚えのない、笑顔の似合う丁寧な物腰の男だった。一見温厚そうに見えるが、だからといって油断するほど俺は馬鹿じゃない。何が起こってもいいように優哉の近くへと移動した俺は、奴に耳打ちをした。

「つけられたな」

「ええ、まったく気づきませんでした」

「俺もだ」

きっと俺達の行動パターンなんて把握済みなのだろう。もしかするとつけられたのではなく見張られていただけなのかもしれない。この場所が他のチームにバレているのは百も承知だ。だからむしろその可能性の方が高い。

「どうぞ座って」

トキが綿貫を名乗る男と同じくらい柔らかい笑顔で来訪者を誘導すると、綿貫は少し驚いた顔を作った。だが、その微妙な変化は一瞬で引っ込められた。きっと俺ではない人間が主導権を握っていることに対しての驚きだろう。だがこれが俺達の普通だ。

「失礼します」

綿貫はトキに従って香澄が座っているすぐ目の前のソファーに腰を下ろした。コイツ、見かけによらずなかなかのタマだ。俺なら絶対座らない。いつでもすぐ反応出来るように出口付近で事を進める。

「綿貫とか言ったっけ。お前、よく一人でこんなとこまで来たな。ボコボコにされるとか考えなかったのか?」

俺の問いに綿貫は大げさに目を丸くする。白々しい演技だ。

「あなたはそういう野蛮な方ではないと存じています。もちろんあなたのチームも」

綿貫はこんな状況でも俺の探りに堂々と返事をする。なんだか俺達がナメられているみたいでイライラした。

「あなたがここのトップのナオさんですね?」

「そうだ」

「折り入って、あなたに…あなた達にお頼みしたい事が」

「…話せよ、手短にな」

ここにいる皆がそれぞれ警戒すると同時に、全員が綿貫の話に耳をそばだてていた。緊張の一瞬だ。

「あなたは、このチームをやめる身だと聞きました」

「………誰から?」

「ここらの者はみんな知ってますよ。どうやら噂は本当だったみたいですね」

ひょっとして鎌をかけられたのだろうか。なかなか食えない顔をして薄く笑う綿貫に俺はいっそう警戒心を強めた。

「で、ですね。実はウチのヘッドがあなたにやめられてしまう前に、どうしても勝負がしたいと」

「はあ? …勝負って、なんで俺と」

「1年前の出来事が理由のようです」

「1年前?」

俺は必死で脳内の記憶を掘り起こす。目当てのものは意外と簡単に見つかった。

「……あっ、アイツか! 唇にピアスつけてた奴!」

思い出せた嬉しさのあまり興奮する俺とは逆に、綿貫は落ち着いた様子で頷いた。

「1年前、俺にいきなり喧嘩ふっかけてきやがった男だよ。確か名前は………高梨、高梨って言ってた」

「よく覚えてましたね。ナオさん他のチームの名前すらあやふやなのに」

優哉が感心したように、でもどこか皮肉めいた口調でつぶやく。だが奴の言うことに間違いはない。

「強かったからよく覚えてる。…強いっつっても、俺の敵じゃないけどな」

つい、見栄を張ってしまったが現実はかなり厳しかった。だからこそ名前を覚えているのだ。けれど何度やったって勝つのは俺だろう。

「うちのヘッドがあなたと勝負したい理由は、わかっていただけましたか?」

「まぁな。汚名返上ってとこだろ」

「そう思って下さって結構です。もちろんただチーム同士で闘うなんてことはさせません」

綿貫は突然、俺に向かって両の手のひらを見せた。

「そちらは5人なのですから、ウチも5人です。スピロの男達を5人用意しましょう。もちろんトップも含めて」

「…つまり、タイマンって訳か」

「そうです」

「うーん」

俺の隣で優哉が小さくうめいた。ひょっとすると俺のよからぬ思考を見抜いての牽制だったのかもしれない。だが俺がそのぐらいで考えを改めるはずがなかった。

「その話、乗った」

「ナオさん!」

「ああ、良かった」

綿貫の安堵の言葉と優哉のヒステリックな声が重なる。俺は次にくる罵倒にそなえ耳をふさいだ。

「いったい何考えてるんですか!? 罠だったらどうするんです! もしこんなとこでしょっぴかれでもしたら真性の馬鹿ですよ馬鹿!」

「そんなに怒るなよ、優哉」

「ふざけないで下さい! ナオさんが楽観的でいられる理由がわかりません!」

優哉はそう言って軽蔑するような視線すら見せたが、俺の意志は少しも揺るがなかった。それに楽観的なのは何も俺ばかりじゃない。

「全員の意見を聞こう。お前らどうだ? 反対ならそう言えよ」

「反対? まさか!」

意気揚々と声をあげたのはヒチだ。奴は先ほどからずっと体を揺らして事のなりゆきにうずうずしていた。

「俺やる! やりたい!」

ヒチの興奮気味の語調に思わず笑みがこぼれる。奴は天性の喧嘩好きだ。その後先みない態度に、楽観的どころかたまに頭がおかしいんじゃないかと思うことすらある。

もちろん俺達を鋭い目で睨みつけていた香澄も反対はしなかった。当たり前だ。この俺が乗り気なのに、異を唱えるなんて弱腰なこと出来るはずがない。一番反応が気になったトキは難しい顔をしていたが、最終的にはナオがいいならかまわないと言ってくれた。強情だったのは優哉だ。

「ナオさん何でそんな簡単に決めちゃうんですか? 高校退学になるかもしれないとか、もうそんな問題じゃありません。スピロはブラッド・バインズよりもずっと大きなチームなんですよ。向こうが約束を破ったらどうするんです? 現実的に考えてください」

「俺の気持ちは変わらねぇよ、優哉」

そう断言する俺に優哉は信じられないという視線を向け、再び口を開こうとしたが俺はそれを手で制止した。

「向こうは1対1での勝負を要求してる。ここで逃げたらただの臆病者だ。そんな汚名に俺は耐えられない」

「………」

俺が優哉の気持ちが痛いほどわかるように、優哉にも俺の考えていることがわかるのだろう。それきり黙り込んでしまった優哉を見て、綿貫は話がついたと思ったのか柔和に微笑んだ。

「では日時は3日後の日曜日。場所は……いいところがあるんです。今は使われてない廃ビルなんですが、まず人が寄り付きません」

「建物? 中でやるのか?」

「ええ。不満ならウチの倉庫でもかまいませんよ」

「いや、お前らのテリトリーはごめんだ」

でしょうね、と綿貫は虫も殺せないような面構えで笑った。スピロには敬語がきちんと話せる奴もいるのか。口調や雰囲気は優哉に似てるっちゃあ似てるんだが、実際はかなり違うんだろうな。

「話がついて良かった。これでユライさんにどやされずにすみます」

綿貫が何気なくつぶやいた言葉が、俺の警戒線に触れた。

「お前、いま何つった」

「は?」

「ユライって言ったよな」

綿貫はとぼけた顔をしてしばらく頭の中を整理しているようだったが、すぐに口を開いた。

「ええ、“由来”はウチのヘッドの名です」

まさか知らないのか、と綿貫は驚いた顔をつくっていたが、俺はもはやそれどころではなかった。

ゆらい、由来。
この名前は確かに昨日南が口にした名だ。
ただの偶然であるはずがない。


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