last spurt
002
俺は氷をカラカラ鳴らしながらコーラを両手に持ち、優哉の待つ席に戻った。その頃には頬の熱もすっかりおさまっていた。
コーラを優哉の前におくと優哉は礼を言ったが、なんとなく俺が奴のパシリみたいだ。いや、この友人との上下関係はすでに成り立っていない。俺がチームのヘッド扱いに見えるのは、ただコイツが敬語を使っているからだ。もし優哉がタメ口だったなら、これほど生意気な男もいなかっただろう。
「ナオさん、トキさんに今日言うつもりなんですよね」
「ああ、先延ばしにしても意味ないからな」
にこにこと何とも言えない笑みを浮かべながらコーラをストローで吸う優哉。限りなく嫌な予感がする。
「一体どういう風に告白を?」
「どういう風にって…」
あーあ、優哉すっげえ楽しそう。
「別に…、普通にだよ普通に! 変にこ洒落たセリフ言ったら寒くなるだけだしなっ」
「普通、ですかぁ」
がっかりしたような間の抜けた声。さっきまでの思いやりに溢れた優哉は消えて、いつもの俺を使って楽しむ優哉が戻ってきた。
「悪いかよ」
「まさか。で、告白の後はどうするんです?」
「後ぉ?」
根掘り葉掘りとしつこい奴だ。本当はこんな会話するだけで恥ずかしいってのに。だがコイツに相談を持ちかけたのは他でもない俺だ。簡単に放り出すことは出来ない。
「その後のことなんか、トキの返事次第だろ」
「もしオーケーされたら?」
「それは…」
トキに受け入れてもらえるなんて、そんなこと考えるだけで頬がゆるんでしまう。一体その時、俺はどういう気持ちなのだろうか。想像も出来ないが、きっと至福の瞬間に違いない。
「…そりゃ、抱きしめたりするんじゃねえの」
至極まともに考えて出した結論だったが、それを聞いた優哉は目をまん丸くさせた後ゆっくりと顔を手で覆った。
「い、いいじゃないですか。ロマンチックで」
「てめぇ今笑ってんだろ。面見せろやコラ」
ところが優哉がやっと手をはずす頃には奴は笑いを完全に引っ込めていた。そのすまし顔はたいそう憎たらしい。
「で、それから?」
「それからって…、別に何もねえよ」
「ええっ、キスぐらいしましょうよ」
「きっ…! てめぇ何言ってんだ!」
もう少しで飲んでいたコーラを吹き出すところだった。俺とトキがキスなんて。そんなの想像しただけでぶっ倒れそうだ。
「あのなぁ、物事には順序ってもんがあるだろ。いきなりそんなキスって」
「じゃあナオさんの順序ってヤツに沿って答えてください」
俺は動揺を誤魔化すために、ストローをしきりにぐるぐる回していた。冷たいコップを握っていた手で自分の頬を包み込んだりもした。
「抱きしめて、キスして、その後は──?」
「その後って…」
優哉の一物ある口調に、俺の頭の中に一瞬よからぬ妄想がよぎった。途端、顔がみるみるうちに赤く染まってゆき、逃げ場のない俺はコーラを飲み下す他、熱を冷ます方法を知らなかった。そんな俺に優哉は、とどめとばかりにとんでもない事を訊いてきた。
「ぶっちゃけ、ナオさんはトキさんを抱きたいんですか? 抱かれたいんですか?」
「ぶぶっ!」
今度こそ本当にコーラを吹き出してしまった。優哉は汚いなあと眉を顰めながら、そばにあった紙ナプキンでのん気に机を拭いていた。
「お、お前なんちゅうことを…」
「男がこの程度の会話で動揺するなんて、みっともない。何を今更純情ぶってるんですか」
「う…」
確かに優哉の言葉には一理あるが、相手がトキだということを忘れてはいけない。彼の前では、俺は純情な童貞の男同然だ。
「1つ訊くが優哉、俺が抱かれたいように見えるか?」
「まったく」
「だろ?」
俺はあまりトキに関しては、こういった話をしたくない。なんだか本人の知らないところでトキを汚してるようで、後ろめたいのだ。
「でも、もしトキがどうしてもって言うんなら、俺は…」
何気なくつぶやいた本心だったが、それを聞いた優哉は口もきけなくなるほど驚愕していた。まるで優哉らしくない、これから一生俺の記憶に残るような表情だった。
「ナオさんって、本気でトキさんのこと好きなんですね……」
「あ、当たり前だ! 今までなんだと思ってたんだお前は」
口ではぐちぐち言いながらも内心では優哉の驚きも無理はないと思った。昔から女扱いを激しく嫌悪していた俺だ。今までこの女顔だてらに男の自尊心を頑なに保とうとしてきた。けれどトキ相手ならそれを崩していいとさえ思える。まずトキと付き合えること自体、俺の中では夢のまた夢なのだ。もし彼と恋人同士になれるなら、そういう関係を持たなくたっていい。
だがそれは片思いだからこそ言える理屈で、もし付き合えば気持ちも変わってしまうのかもしれないが。
「とにかく! この話はこれで終わり! さっさといくぞ優哉、いくら遅刻の連絡いれてるからって、こんな大事な話の日にこれ以上遅れるわけにはいかない」
「ええっ、もうですか? ナオさんから誘ってきたくせに…」
「うるさいっ」
俺は優哉の不満の声をぴしゃりとはねつけると、立ち上がり伝票をつかんだ。残ったドリンクを慌てて喉に流そうとする優哉をおいて、俺の足は早々とレジに向かった。
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