ストレンジ・デイズ
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俺はこんな格好をしていても、男だ。地図が読めない女ではない。したがって方向音痴でもない。ただ右も左もわからない初めての場所で、女子寮を探せというのがおかしい。誰かに聞けばいいだろうと楽観視していた俺は、現在の状況に途方に暮れていた。
「……誰もいねぇ」
困ったことにだだっ広い学園敷地内には人っ子一人いなかった。早朝すぎる時間帯のせいもあるだろうが、この青空のもと、誰か歩いていてもいいだろうに。
俺はスースーする制服のスカートの丈を引っ張りながら、舗装された道をうろうろ歩いていた。くそ、やっぱり俺も職員室に行った方が良かったんじゃないか? 香月の野郎、どうもこの前から様子がおかしい。変な理屈を押し付けてきたかと思えば、急に真面目な顔をしたりする。過保護度にもさらに磨きがかかってきて、こっちまで気がピリピリしてしまいそうだ。
腕を組み、もんもんとしながら歩いていた俺は、どこからか水音がきこえていることに気がついた。足は自然とその音の方に向く。校舎の角を曲がるとその水音の正体が現れた。
「噴水、じゃん…」
よく手入れされた芝生の真ん中に、水が循環する噴水があった。中央には2体のブロンズ像があり、布のみを巻いたムキムキの男が坪を持ち上げていて、そこから水が流れ出していた。ソイツの足元にもう1人若い男がいて、やけに細っこい腕を上げ水を受け止めている。そいつらの顔は欧米人らしく綺麗に整っていて、水に濡れている部分だけがキラキラと光っていた。まあ、所詮はただの銅像だが。
にしても、この像、なんか気に入らない。だって普通噴水にいる像っつったら裸の女だろー。何で男なんだよ。
見苦しい像から顔を背け、ふと下を見ると噴水の陰から靴が見えた。
「………靴?」
気になって確認しようと回り込むと、そこには当然のように靴を履いた足があった。つまり、そこに人が倒れていたわけだ。
「って何でこんなとこに! おい! 大丈夫か!?」
ぐったりとした男に慌てて駆け寄る。反応はない。口元に耳を近づけるととりあえず息はしていた。良かった。
でも、何でこんなとこで倒れてんだ。まさか寝てる訳じゃあるまいな。職員室探して誰かを呼んだ方がいいだろうか。
すっかりのびているその男は、小柄で栗毛、変装した香月がかけていたような瓶底メガネをかけている。見るからに根暗そうだ。
「おーいメガネ少年、起きろー。寝てんのか? それともちょっとした生命の危機?」
頬をぺちぺちと叩いてやる。汚れたメガネのせいで目が見えない。しかし汚れているのはメガネだけでなく制服や顔までも薄汚れていた。
なんだコイツ、もしかしてリンチにでもあったのか。
ともかく邪魔な眼鏡を外してやろうと手をかけ持ち上げた瞬間、俺は金縛りにあったみたいに固まってしまった。
「かっ…かわ……」
男だろ!? 男だよな!? と思わずズボンをはいていることを確認してしまうほど、そいつは女のように、いやそれ以上に可愛い顔をしていた。すぐ横にあるブロンズ像より綺麗な顔だ。
「うちの怜悧といい勝負じゃねえか…」
もしかしてコイツも俺みたいに性別詐称してんじゃねえだろうな、と恐る恐る胸に触れる。予想と反してそこには何の膨らみもない。
「んっ……」
そいつの瞼がふるえ目を開けそうだったので、俺は飛び跳ねるように手を離した。とりあえず人を呼ぶ必要はなさそうだ。
「…あれ、……だれ…?」
俺の顔をぼやけた視界で見る少年。たぶんタメだろうが年下に見える。
「怪しいもんじゃない。俺は小宮今日子、ここの生徒だ。何でこんなとこで倒れてたんだよ。体平気か?」
「んっ……大丈夫…」
には見えないが。
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