ストレンジ・デイズ
□
「…あ」
そのホスト教師の視線から逃れようと、一緒に入ってきたもう1人の男に目を向けたとき、俺はやっと気づいた。
「…香月じゃん」
ヤツの存在に今までまったく気づかなかった。自分でも薄情だと思うが、香月はボサボサの髪に瓶底メガネ、まるでボク目立ちたくないです、と言ってるかのような格好だ。隣のイケメン教師に比べてあまりにインパクトがなさすぎる。見逃すのも無理はない。
「やだアレ香月さん!? ナイスオタクっぷりじゃない!」
なぜか唄子は親指をぐっと立てて喜んでいた。香月は素の方が絶対いいのに。
見た目はともあれ、どうやら唄子は香月のことが気に入っているようだ。きっとこのクラスの担当になるよう仕組んだに違いない。
「えー、俺が今日からお前らの担任になった、藤堂だ。漢字はこう書く」
一応担任らしくしゃべりだしたホスト教師は、黒板に雑な字で『藤堂 雅』と書いた。先ほどからギャーギャーうるさい集団が、さらに沸き立つ。
「一年間よろしく。…で、こっちが副担任の山田先生だ」
簡素な自己紹介をかったるそうにした藤堂とやらは、斜め後ろに控えめに立っていた香月に、前に出て来るよう指示した。
「初めまして、山田和希、といいます」
軽くお辞儀をした後、黒板に綺麗な字で『山田 和希』と書く香月。藤堂の文字が並んで余計に不恰好に見えた。
「俺もみんなと同じ今年からの教職となりますが、精一杯頑張りたいと思っています。不慣れな部分もあると思いますが、副担として、これから一年間よろしくお願いします」
教師とは思えないほど腰が低い香月は、もう一度丁寧に頭を下げる。だがパラパラと小さな拍手がおこっただけで、藤堂のときと比べるとあまり歓迎されていないようだった。そればかりか、ボソボソと中傷的な言葉まで聞こえてくる。
けれど香月の方はまったく気にしていないようで、顔色一つ変えないまま再び一歩下がった。一瞬、俺に向かって微笑んだような気がしたが、長すぎる前髪のせいでよくわからなかった。
「俺は現代文、山田先生は生物の授業を担当する。お前らは当然俺達の授業を受けることになるだろうが、A組という自覚を持ち、どのクラスよりも学習に励んで欲しい」
この色黒男、見た目はチャラいくせに勉強勉強言うのか。どうやら中身は他の教師と変わらないようだ。
「普通なら今日はホームルームだけで終わる予定だが、俺達のクラスは特別に授業をする。喜べ」
あまりのことに俺はよほど叫んでやろうかと思ったが、周りを見ても誰も不満たらたらなヤツはいない。むしろ本当に喜んでいるようだった。これが進学校の恐ろしさか。
「の、前に」
藤堂が生徒の名簿を開き俺らを見回した。
「見知った顔も多いと思うが、初対面のクラスメートもいる。一応簡単に自己紹介してもらおう。決まりなんでな」
眉間に皺を寄せ仕方なく、といった感じで藤堂は言った。どうやら本心ではさっさと俺達に勉強させたいようだ。
「窓側のヤツから順番に名前、外部生は出身中学も、前に出て言え」
藤堂は俺の列の一番前にいた男に、教壇に立つよう顎で指示した。つくづくえらそうな教師だ。
正直、こういう自己紹介みたいなのは苦手だ。何話したらいいかわかんないし。窓側に座るんじゃなかった。これじゃあすぐに順番がきちまう。
でも授業をするよりはよっぽどいいな、と思い俺は出来るだけ長い自己紹介文を、頭の中で必死に考えていた。
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