ストレンジ・デイズ
□似非家族
俺と唄子がデフに襲われた事件は、夏休み中ということと関係者全員の口が固かったこともあり他の生徒達に広まることはなかった。誰も話題にしようとしないせいか俺も事件のことを忘れつつあり、自分が被害にあったというのにすっかり気がゆるんでいた。しかし朝ご飯を部屋で食べていたとき、可愛い妹からのメールを見て俺は戦慄した。
「『今週の日曜日、お兄ちゃんの学校へ行くことになりました。乙香ちゃんと一緒に行くのでお土産期待しててね。お兄ちゃんに会えるの楽しみにしてます。』……ってマジで!?」
怜悧が来てくれることはとても嬉しかったが、乙香が余計だ。来るなら可愛い怜悧一人だけでいいのに。
「うわー、せっかく怜悧が来るのに、純粋に喜べない…」
「妹さん来るの? あたしも見たいな〜紹介してよ」
「はっ! そうだ、そうじゃねぇか」
「? 何が?」
どうしてこんな単純なことに気がつかなかったのか。怜悧と会えることに舞い上がりすぎて重要なことを見落としていた。
「もしこの学校の女に飢えた野郎共が可愛い怜悧を見たら、あああ怜悧が襲われる……!」
「は? いやいやいや、大丈夫でしょ。この学校のホモ率知らないの? 別に女に飢えてないから」
「いや、うちの怜悧はホモすらも虜にしてしまう美貌の持ち主なんだよ! この学校の奴は女に免疫がないから、変な暴走してもおかしくない」
「あのね、今は共学なんだから免疫ないことないし」
「この学校のしょぼい外見の女子とは違うんだ怜悧は! まさにこの世に生まれ落ちた天使! それが男にいやらしい目で見られると思ったら……ううっ」
「しょぼい外見で悪かったな」
唄子のしらけた視線に気づくことなく、俺は怜悧をどうやって男達の魔の手から守るかだけを考えていた。今更来るなとは言えないし、俺だって怜悧に会いたい。
「とりあえず怜悧に男を近づけないようにしよう。人目に触れないようにさっさとこの部屋に連れ込んで外に出さないようにして……」
「キョウちゃんそれ過保護すぎ。まさか常日頃からそんな感じなわけ?」
「そんな感じって、兄が妹を心配するのは普通だろ」
「そんなんで妹さんに彼氏ができたらどうする気?」
「彼氏!? んなもん怜悧にいらねぇんだよ!!!」
どこの馬の骨ともわからん野郎が怜悧に手を出そうなんて、想像しただけでおかしくなりそうだ。だいたい怜悧はまだ子供だ。トミーを好きになったのだって、一時の気の迷いなのだ。
「うわー、妹さん可哀想。自由に恋愛もできないなんて」
「うるせぇ! 怜悧が変な男に引っ掛からないよう守る義務が俺にはある」
「はいはい。……ってキョウちゃん今朝は数学の補習でしょ。時間大丈夫?」
「えっ、もうこんな時間かよ。俺行くわ」
「待って、あたしも部活あるから一緒に行くーー」
怜悧の事を考えていたら時間をすっかり忘れていた。俺は口にパンを頬張ったまま、唄子と一緒に寮を出た。
唄子と並んで校舎までやってきた俺は、口をあんぐり開けたまま目の前の光景に思わず足を止めた。
「か、か、香月がじゃれてる……!!」
「えっ、何どこ?」
進行方向の先で、数学教師の新名と香月が談笑していた。新名は生徒に厳しい鬼教師だが、その新名に香月は馴れ馴れしく肩に手を回して笑っていた。新名も嫌がる素振りは見せていても満更でもない顔で、いつもの生徒を威圧しているオーラがまったくない。
「何だあれ!? 気持ち悪っ」
「ああ、新名先生と香月さん? 最近仲良しだよね」
「仲良し……!?」
香月は誰とでもうまくやっていけるタイプで、この学校でもあの外見で周りに馴染んでいた。けれど今まで親友と呼べる相手はおらず、あんなに誰かと仲良さそうにしているアイツを俺は初めて見た。
「香月が他人にあんなに懐くなんて、嘘だろ……」
「えー、香月さん結構友達多いよ。同居人の東海林さんとも仲良くやってるみたいだし」
「しょうじ!? 誰だそれ」
「あたしの遠い親戚。この学校の守衛さん」
「そいつと香月は仲良く住んでるのか!? そいつのお世話をしてるってのか?」
「いや、お世話はしてないだろうけど……なに? キョウちゃん嫉妬ー?」
「……」
香月が俺の知らない奴と知らない間に仲良くなってるなんて、そんなの絶対に許せない。喧嘩しろとは言わないが、あんなに楽しそうにじゃれつくなんて。しかも俺を補習に追い込みやがった新名なんかに。
唄子のからかいの言葉もまったく頭に入ってこず、俺にも気づかず新名と話してる香月にどこからか溢れてくる怒りを必死で抑え込んでいた。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!