ストレンジ・デイズ
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俺が勢いよく扉を開けると、この家の長女、怜悧様がしらっとした目でこちらを見た。
「あら香月、アンタなに勝手に入ってきてんのよ」
あからさまな嫌悪の表情。怜悧様はペディキュアを塗っている最中だった。
「どういうつもりですか怜悧様!」
「なんのこと?」
「とぼけないで下さい! 響介様から全部聞きましたよ!」
俺が怒鳴ると、響介様が“汚れなき純真無垢な天使”と呼ぶ怜悧様はうざったいと言わんばかりに息を吐いた。
「だからなに? 別に香月に関係ないでしょ」
「あります!」
俺は冷めた目で俺を見る怜悧様に必死で訴えた。
「あんな美女になった響介様に男を誘惑させるなんて、怜悧様の個人的な恨みに俺の響介様を巻き込まないで下さい!」
「誰があんたのよ。バカじゃないの」
この猫かぶりめ。
響介様といる時とは180度違う怜悧様の態度に、俺は心の中で毒づいた。
「だいたい怜悧様、男にフラれたぐらいで傷つくようなそんな繊細な性格してないじゃないですか! 響介様に隠れて男をとっかえひっかえしてるくせに!」
「な、だってムカついたんだもん! あたし今までフラれたことなかったんだから!」
この自慢にも聞こえる嘆きに俺はあきれかえった。怜悧様はそんな俺をすわった目で睨みつけた。
「つうか香月、あんた響介に余計なこと言うんじゃないわよ」
「れ、怜悧様! 響介様を呼び捨てにするのはやめてください!」
「うるさい」
俺の胸ぐらを問答無用でつかみあげる汚れなき天使。く、この姿を響介様に見せてやりたい。そしたら嫌でも目が覚めるのに。
そんな俺の心の内を察したかのように、怜悧様は俺を掴む拳の力を強めた。
「わかってるでしょ? もし香月があたしのこと響介にしゃべったら、香月のことも響介にしゃべってやる。香月が響介を邪な目で見てるってね!」
「よ、邪なんかじゃりません! 俺の響介様への気持ちは本……」
「あたしにしたら、ぜーんぶ一緒よ。もちろん、響介にとってもね」
俺は思わず口ごもった。
俺はずっと響介様を慕ってきた。男同士、しかも主従関係にある。いけないことだということは、誰よりもわかっていた。それでもずっと響介様を近くで見てきたのは俺だ。響介様のすべてを知っている。短所も、長所も。気が強くちょっと考えなしなとこも、今はすべてが愛おしい。
だが俺は響介様に気持ちを伝えることが出来なかった。響介様が俺をそういう対象で見ていないことなど重々承知。伝えてしまえば今までのような関係には戻れないだろう。怜悧様の言うことは正しい。だから俺は今の関係で十分だ。響介様そばで、響介様のいちばん近くで彼を見守っていければいい。だが、
「それとこれとは話が別です! 俺は絶対反対ですからね!」
女装で入学の上に男を誘惑など、そう簡単に許せるものか。これまで俺は響介様に変な虫がよりつかぬよう様々な努力をしてきたのだから。
「女装なんてして、もし彼氏でも出来たらどうするんですか!」
怜悧様は意志の強そうな目で俺を見返した。
「そんなの、共学に行って訳の分からない女とくっつかれるより、よっぽどいいわ!」
「…………本音はそれですか」
怜悧様は罰が悪そうに唇を噛んだ。その姿はたいそうなやましげで美しいが、もちろん俺はほだされなかった。
「響介に女なんて、…絶対許さない」
怜悧様は視線だけで射殺せそうな目で、誰にともなく呟いた。
そう、結局のところ怜悧様もブラコンなのだ。それもかなり重度の。
俺は深くため息をついた。
「こんなこと、旦那様がお許しになるはずがありませんよ」
「あら、祐司の了解なら得たわ」
俺は一瞬自分の耳を疑った。
「は!? 旦那様が!? そんなバカな! 嘘だ!」
「嘘じゃないわよ、失礼ね」
俺は一気に取り乱していくのが自分でもわかった。あの旦那様がこんな非人道的なことを? あのドがつくほど親バカで、過保護というには可愛すぎるほどの束縛男が?
「ありえない…」
ボソッと呟いた俺の言葉に怜悧様は眉をひそめた。
「そんなに疑うんなら自分で確かめてきたらいいじゃない。祐司いま書斎にいるし」
怜悧様の名案に俺は顔を上げた。そうだ、じかに旦那様を問い詰めよう。いったいどういうつもりなんだと軽く怒鳴ってやろう。
俺は怜悧様の不安そうな視線に気づくことなく、この部屋を後にした。
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