ストレンジ・デイズ
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上機嫌の怜悧が出ていった後も、俺は自分の部屋で1人苦悩していた。安請け合いするんじゃなかった。でもあんなに必死な妹の目の前で、お願いを無碍に断ることは俺には出来なかった。それに俺のこの女装。どこからどうみても女だ。いまだに鏡にうつる自分が別人に見える。というかこの化粧はいつ落とせばいいんだ?
コンコンッと突然ドアをノックする音がして俺は身を堅くした。なんだこんな時に。使用人だったらドアを開くことなく追い返してやる。
「失礼します、響介様」
ってまだ返事してねえのにドア開けんじゃねええ! つかこの声って……。
「4月の入学の件について、どうもおかしな点が……」
無遠慮に入ってきたその男は、持っていた書類から目を離し俺を見た瞬間、固まった。
ああ、最悪…。
「……え? ………ええ?」
今まさに目を白黒させているのが、長年俺の世話、というかパシリをしてきた男、香月博美(ヒロミ)。
そして俺がこの姿を最も見られたくない男の1人でもある。
「な、な、な、」
みっともなく動揺しまくりなパシリだが、無理もないだろう。いつもの真宮響介の部屋に見知らぬ女がいるのだから。
「なにしてるんですか!? 響介様!」
うおっ、気づいてた!!
「…お前よく俺だってわかったな」
俺もわかんなかったのに。
「それは勿論! …で、何故そのような格好を?」
「……先に言っとくが、俺の趣味じゃないぞ」
香月がほっと胸をなで下ろす。まさか疑ってたのかコイツ。
「怜悧がやったんだよ」
「…怜悧お嬢様が?」
香月は元からデカい目をさらに大きくさせた。
「ああ。実はな……」
俺はことのあらましを全て香月に話した。
* * *
全てを説明し終えた後の香月は、顔面蒼白だった。
「そんなバカな…。女装で全寮制に入学……? …ありえない」
「まぁな。俺もいまだに本気かどうか疑ってるし」
「前代未聞です…!」
香月はまるでこの世の終わりみたいに、ワックスで綺麗に固めた黒い髪を自らの手でくしゃくしゃにし始めた。
「女装なんて…もしバレたらどうするんですか!」
「俺もそう思う」
まともなことを言う香月を見て、俺はだんだん落ち着いてきた。そうだよな、これが普通の反応だよな。
すっかり落ち込んでしまった香月の肩を俺は優しくさすってやった。
「大丈夫か? 香月」
せっかく俺が好意でしてやったのに、香月は逃げるように俺から離れた。
「きょ、きょ、響介様!」
「ど、どうした!?」
俺はへたり込む香月にさらに近づいた。
「わーー! 駄目です! 俺をそんな目で見ないで下さいよ!」
昔から変な奴だったが、ここまであからさまな挙動不審は久しぶりだ。少し前にひびきが香月は何かの病にかかっている、と言っていた。肉体的に特に問題はないが、精神的な問題なんだと。いったい何の病気なんだろう。一応問い詰めてみたものの、香月はさらに挙動不審になるだけだった。
さんざん取り乱していた香月は、唐突に落ち着きを取り戻した。
「……俺、怜悧様に意見してきます」
「え?」
俺が反応するよりも早く香月はいきなり立ち上がり、ドアノブに手をかけていた。
「か、香月?」
香月は動揺する俺を見て、爽やかに微笑んだ。
「ご安心下さい響介様! この香月が我が身にかえても、響介様に女装なんてさせません!」
「………おう」
無駄に頼れるパシリ。意気揚々と怜悧の部屋へ向かう香月の背中を、俺はなんともいえない気持ちで見ていた。
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