ストレンジ・デイズ
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「んん〜、……ん? …ん!?」
まだ寝ぼけ眼の響介様の最後の『ん!?』は、何でお前がここに!? の意だった。響介様に見つかってしまった俺は今までの崩れた顔を引っ込め、軽く頭を下げた。
「おはようございます、キョウ様。ご気分いかがですか?」
「……お、おお」
ちょっと皮肉を込めてみたのだが、もちろん響介様が気づくはずもなく、彼は目をごしごしとこすりながらベッドから上半身を起こした。それから澄ました顔の俺をじろじろと観察し、隣にいた樋廻さんに視線を移動させた。
「おはよう真宮君。いや、小宮さん。保健室を寝床にするのは、もうやめてくれないかな」
「……うっぜえ」
『うるせえ』と同じ発音。どうやら響介様はまた完全に目覚めていないようだ。
「ああ、そういや小宮さん。さっきこの人あなたにキ──」
「わあああ!」
樋廻さんが俺を指差してとんでもない事を言おうとしたので、慌てて黙らせるため彼に詰め寄った。
「内緒って約束したじゃないですか! 何いきなりバラそうとしてるんですか!?」
「冗談ですよ、冗談」
俺は疑いの心を捨てないまま、相変わらずの人良さそうな笑みを浮かべる樋廻さんを凝視する。その光景を見ていた響介様は格別何か気にする風でもなく俺に話しかけてきた。
「つかお前、なんでここにいるんだよ。サボりか?」
「違いますよ。挨拶に伺ったんです。樋廻さんにはこれからキョウ様共々、お世話になるでしょうし」
普通なら手土産の1つも渡すべきだが、樋廻さんにだけそんなことをするのは不自然だ。他の先生方に知られた時の言い訳が俺には思いつかない。
「ふん、気をつけろよ香月。そいつは人が困っているのを見るのが趣味の最低野郎だからな」
「え? ……」
普段の俺なら、そんなことを言うなんて失礼でしょうと響介様に一言申し上げるところだが、俺もこの短い時間で樋廻さんの性格というものをうすうす理解していた。失礼だからといって必ずしも間違っているとは限らない。樋廻さんは確かに、どこか子供っぽいところのある人だった。
「ま、俺はそれをせいぜい利用させてもらうがな」
「やだなぁ小宮さん。まだ言ってるの?」
一瞬、響介様と樋廻さんの間に火花が散った気がした。どうやら俺の知らない水面下で静かな戦いが繰り広げられているらしい。
「そんなことよりもキョウ様、壮健ならば教室に早く戻って授業を受けて下さい。もう義務教育とは違うんですよ? 学校に通わせていただいてる以上、勉学に励まなければなりません」
「なんだよ香月、お前もだんだん説教くさくなってきたな。祐司そっくりだ」
昼寝の時間は終わったのか、嫌みったらしくぶつぶつ言いながらもベッドから抜け出す響介様。乱れた制服をなおそうともしないので、俺が断りを入れて彼の服装を整えた。
「もう1時間目を40分も過ぎていますので、失礼させていただきます樋廻さん。またお会いしましょう」
「ええ、必ず」
響介様をドアまで誘導した俺は出ていく瞬間、樋廻をチラリと一瞥した。メガネのせいで彼の表情は読みとりにくかったが、口元に皺を寄せていたのでおそらくは悦んでいたのだろう。
保健室を後にした俺は早速サボり癖が出てきた響介様をやんわりと注意した。
「今日から絶対にずる休みなんてしないで下さい。後で唄子さんに確認しますから」
「………ちっ」
「2時間目は…確か藤堂先生の授業ですね。迷惑をかけないように早く教室に行きましょう」
響介様が俺の話を真面目に聞いていないのは明らかだった。これではまた藤堂先生の苦労を増やしてしまうに違いない。
「私も急がなければ、教師が遅刻なんて許されません。特に次の時間は」
「次? 次なんかあんのか?」
2時間目は生物室で2年A組の授業。
「いえ、別に何も」
夏川夏がいるクラスだ。
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