ストレンジ・デイズ
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「どうも初めまして、僕は保健医の樋廻保です。あなたは…訳あり新任教師の香月博美さん?」
メガネをキラリと光らせて楽しそうに微笑む樋廻さん。のん気に挨拶している場合ではなかった俺は、目を血走らせながら慌てて彼の手をガッチリと掴んだ。
「樋廻さんどうか! どうか今見たことはキョウ様には内密に…!」
「え〜どうしよっかなぁ」
「そんな! 意地悪しないで下さいっ」
これがもし響介様にバレたら俺は半殺しではすまないだろう。どんな手を使ってでも彼の口を封じなければならない。
「なるほど、そういうことですか。へぇ〜…」
樋廻さんは俺と響介様を訳知り顔で交互に見比べていた。初対面の方に男への恋慕を知られてしまうなんて。一生彼の顔をまともに見ることは出来ないだろう。
「お、お願いです樋廻さん。もしこんなことが響介様にバレたらクビどころじゃありません」
みっともなく縋ってくる俺を見て樋廻さんは何を思ったのか、よしよしと頭をなでてきた。
「いいですよ、内緒にしててあげます。そっちの方が面白そうだ」
「あ、ありがとうございます!」
面白そう、という言葉が妙に引っかかったが結果的に彼はいい人だった。さすが唄子さんの従兄弟なだけある。
「じゃあ改めてよろしく、香月さん」
俺は彼の差し出した手をためらいなく握り、握手をかわした。唄子さんと同じ髪の色をした樋廻さんはとても頭が良さそうに見える。
「すみません、初対面でこんな醜態をさらしてしまって。…お恥ずかしい限りです」
「かまいませんよ、慣れてますから」
「は…?」
ぽかんとする俺に愉快そうな笑みを向ける樋廻さん。慣れてる、というのはどういう意味なのだろう。もしかしなくとも学園にホモが多い事に関係しているのか。
「香月さんって、響介君のことが好きなんですか?」
「え!? あ、…はい。恥ずかしながら、自制心を失うほどに」
「恥ずかしがることないです。いいじゃないですか、許されない秘めた片思いも。ふふっ、バレたら大変ですね」
「樋廻さん…」
男同士なんて、非常識だと言われても仕方がないと思っていた。それなのに唄子さんといい彼といい、この学園の人達はなんて心が広いんだ。
「何かあったらいつでも相談して下さい。あ、でも僕はめったに保健室にいないので、電話番号とアドレス交換しておきましょう」
「いいんですか? ありがとうございます!」
俺はいそいそとポケットから携帯を取り出し赤外線を使って樋廻さんと番号を送りあった。
「でもどうして樋廻さんは保健室にいないんですか? 困る生徒がいるのでは?」
「気を使ってるんですよ。困る教師はいても困る生徒はいません」
「?」
樋廻さんの話はまるでちんぷんかんぷんだ。きっと俺の知らない何か深い事情があるのだろう。
「んんっ…」
後ろから響介様の声が聞こえた俺は反射的に振り返った。寝相の悪い彼はシーツをこれでもかというぐらい乱し、上半身をしきりに動かしている。もうすぐ目が覚めるサインだ。
「先ほどはずいぶんお熱いキスでしたけど、その時響介君が目を覚ましていたらどうするつもりだったんですか」
恥ずかしさで俺の顔に熱が集まる。樋廻さんはどうして俺の羞恥を煽ることばかり言うのだろう。自業自得と言われればそれまでだが。
「き、キョウ様は何をしても簡単には目覚めないお方なので」
「なるほど、それで眠った彼にあんな事やそんな事を…」
「キスだけです! それ以上のことはっ」
それ以上。自分で言った言葉に自分が恥ずかしくなってしまった。だがもしそんなことしようものなら俺はぶっ殺されるだろう。旦那様にか響介様本人にか。それだけの違いだ。
「あ、」
唐突に、樋廻さんが俺の後方を指差した。1人であたふたとしていた俺の真後ろからは響介様の男らしい唸り声が聞こえ、彼の瞳がゆっくりと開くのが見えた。
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