ストレンジ・デイズ
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雲一つない青空を頭上に、ごくごく平和な朝を迎えた俺は、もちろん遅刻することもなく職員室で朝礼の真っ只中だった。目の前には眠そうに目をこすっている藤堂先生。前方にいた厳格そうな教頭が朝の挨拶を始める。彼の横には新名先生の姿があった。
「おはようございます皆さん。今日は放課後に委員会集会がありますので、先生方は決められた担当場所へと移動して下さい」
教頭から職員への連絡事項を聞いて隣で藤堂先生がうめいた。委員会がよっぽど嫌なのだろう。けれどそんな藤堂先生の苦しみがくみ取られるはずもなく教頭の話はどんどん続いていった。
「えーじゃあ、まず移動場所の確認を1年生担当の新名先生から」
教頭の視線を受けた新名先生は頷き書類を目で追っていた。
「まず神里先生、学級委員1年B組。佐竹先生、庶務委員3年C組──」
新名先生が名前と委員会、集合場所をペラペラと事務的な口調で並べていく。
「藤堂先生、文化委員1年A組。山田先生、風紀委員体育館…風紀委員!?」
なぜか俺の時だけ書類を2度見された。それと同時に他の先生方に広がる波紋。周囲のささやき声が嫌でも俺の耳に届く。
「あの新任が風紀…何かの間違いじゃないのか」
「かわいそうに、これで教師としての道も…」
ざわざわと一斉に声で溢れかえる職員室。どうやら藤堂先生の言うとおり風紀は相当危険な役目らしい。
「静かに! 教師が子供みたいに騒いで、みっともない」
教頭が騒ぎをおさめると同時に、新名先生がずんずんと俺の方へ歩み寄ってきた。
「ちょっと来て下さい」
新名先生は周りの職員達の視線を気にもとめず俺の腕を引いて廊下へと飛び出した。
「すみません山田先生、朝礼中に。ですがあなたには風紀を任せる事が出来ないんです。理由は後で説明します。今はとりあえず私の方から校長に担当の委員を変えてもらえるよう──」
「待って、待って下さい新名先生!」
よほど動揺しているのか早口でまくしたてる先生に、俺はゆっくりと説明した。
「風紀委員のことなら、ちゃんとわかってます。藤堂先生におしえてもらいました。でも俺、逃げるつもりはありません。任された役目はきちんとこなしてみせます」
これは俺が花枝理事長から直々に頼まれた仕事だ。リスクを背負って響介様を助けてくださった彼に、俺は恩を返さなければならない。
「…山田先生、どうなっても私は知りませんよ」
新名先生には自分の覚悟を見せつけたつもりだったが、彼の表情は少しも変わらなかった。
「藤堂先生に聞いたと言いましたね。事は彼の考えている100倍は深刻です。藤堂先生は所詮守られている身、情報は噂の範囲内でしかありません」
「……?」
意味が理解出来ず無言だった俺に、新名先生は説明を続けた。
「あの人にはF組はおろかD組すら担当させたことがありません。見目いい人間には危険な場所以外の何物でもないからです。だから彼はいまだに、進学組のひよこみたいな生徒相手にびびっているんですよ」
「ひよこ…」
それはウチのクラスのことを言っているのだろうか。ひよこと形容するにふさわしい華奢な容姿を持つ者が多いのは確かだが。
「やってみたいというのであれば、私は止めません。山田先生はF組の生物も担当してますよね。彼らに会えばわかります。彼らは社会のゴミ以下、救いようがありません」
生徒相手にとんでもない暴言を吐いた新名先生は辺りをきょろきょろと見回した。人目を気にしているのだろうか。
「風紀をやめたい時はいつでも申し出て下さい。手遅れにならないうちに」
新名先生は最後にそう言い残すと、俺の腕をつかんで騒然となった職員室へと戻った。
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