ストレンジ・デイズ
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「─ええ、はい承知しました。こちらも今は、特に変わった様子はありません。…はい、また何か新しい情報が入りましたら……ええ、連絡を待ちます。──それでは失礼致します、旦那様」
夜。
教師としての仕事を終えた俺は、居候させてもらうことになった東海林さんの家にいた。旦那様からの連絡が入り、響介様を狙っている田山という男の写真が携帯端末に送られてくる。けれどそれ以外に、まだめぼしい情報はない。前途多難だ。
「なんだ、まだその男捕まらないのか」
呆れたような声で東海林さんが呟く。彼は今カーペットの上で雑魚寝していた。
「どうも何者かの助けを借りているようで、まったく足取りがつかめないそうです。早く彼を捕まえなければ響介様の身に危険が…」
旦那様からは定期的に連絡が入ることになっている。次が奴の確保を知らせる朗報であることを願おう。
「響介様をこの学校にいつまでも置いておくわけにもいきません。厄介な敵も現れてしまいましたし」
「なっ…もう追っ手が来たのか!?」
寝ていた東海林さんが驚きのあまり飛び起きた。けれど俺はそんな彼を見てにこやかに首を振る。
「違いますよ。ここの生徒会長、夏川君の事です。彼に響介様が男だとバレてしまって」
「あー…なんか聞いたことあるような。つか男ってバレたって何で? いいのかバレても」
「もちろんちっともよくありません。一応黙っていてくれるそうですが、なかなかあざとい人です、彼は」
ふーん、と東海林さんは興味をなくしたように再び床に寝そべった。
「でも何でソイツが敵なんだ? 黙ってくれるっつうならいい奴じゃん」
「まさか! 彼は男とわかった上で響介様を押し倒していたんですよ。あんな危険な男がいては響介様の身の安全は保証できません」
「うへぇ〜男が男に? 世も末だなぁ」
外界との接触を断っているらしい東海林さんは、この学園の内部事情を知らないらしい。おそらく知識としては、男子校だったからそんな奴もいるんじゃねえの、程度だ。
「とにかく、響介様の命だけは何としてでも守らなくては。俺には東海林さんのような心強い味方もいますし、きっと大丈夫」
「俺がいつお前の味方になったよ」
冷たい言葉で俺のことをはねつける東海林さん。素直じゃないところが微妙に響介様に似ている。
「味方ですよ! こうやって俺をかくまってくれてるじゃないですか。俺、感謝してるんです。だから東海林さんに何かお返しが出来ないかな、っていつも……」
唐突に、ある恩返しのアイディアが浮かんできた俺は、手のひらをポンとあわせた。
「良いこと思いつきました! 俺がここにいる間、その人間潔癖症を治しましょう。今の状態じゃ普通の生活は困難ですし、人との関わりがないままじゃ寂しいです」
「余計なお世話だ、この澄ました顔して毒舌野郎」
間髪入れず拒絶されても俺は諦めなかった。嫌がられるのは百も承知だ。
「そんなこと言わないで、やるだけやってみましょうよ。だいたい何なんですか、この距離。会話をしているのに部屋の端と端にいて、馬鹿みたいじゃないですか」
「誰が馬鹿だ! あんま調子のってるとここから追い出すぞ香月博美!」
「わぁ名前」
「いちいち喜ぶな!」
俺から1番遠い場所に寝転びながら叫ぶ東海林さんを見て、何だかますます意欲がわいてきた。
「理事長がここに俺を住まわせようとした理由、やっとわかった気がします! 俺と一緒に頑張りましょう、東海林さん」
「ち、近寄んなよ香月!」
俺がたった1歩踏み出しただけで東海林さんは壁際ギリギリまで後ずさる。俺は足を元いた場所に戻し、にっこり笑ってこう提案した。
「とりあえず毎日30センチずつ、距離を縮めていきましょう、ね?」
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