ストレンジ・デイズ
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俺、女を襲う趣味はねえんだよ。
と夏川はいった。
「これはこれで、そそるんだけどな」
次の瞬間、髪の毛(カツラ)を引っ張られ、俺はあまりの痛さに顔を歪めた。何してんだコイツ。
「いたた、いたたたたたっ」
「…あれ、取れねえ。ヅラだろコレ。まさかエクステ?」
どうやら俺が頭に装着しているカツラを外したいらしい。だがそう簡単にはいかないのが特注品だ。
「へっ、残念だな夏川! このカツラはなぁ、そうやすやすとはずせる代物じゃねえんだよ! わかったら引っ張るのやめて。頼むから」
ぐいぐいぐいぐい、わざとやってんだろテメェと怒鳴りたくなるほど俺のヅラを引っ張る夏川。このドS野郎め。そんなことしたって俺からカツラを奪えるもんか。俺だってはずすコツをつかむのにだいぶ苦労したんだから。
「…しゃあねえな、このままで我慢すっか」
不吉なことを口走りながら迫ってくる夏川に俺の恐怖度は頂点に達した。最後の力を振り絞って暴れる俺に奴の顔が近づいてくる。
「大丈夫だって、唾つけとくだけだから」
唾…ってどういう意味だこの野郎。そのまんまの意味だったらぶっ殺すぞ。
「勘違いしてるかもしれないから言っとくけど、俺は女装しなかったらどこにでもいる平凡野郎だぞ。さっきの隊長さんみたいに可愛い顔じゃないんだからな」
これで離れてくれるかなと期待したのもつかの間、奴は逆に興味をそそられたようで俺の顔をまじまじと見つめてきた。
「……小宮」
「なに」
「俺とつき合え」
「は、あ?」
なんでそうなる夏川夏。入学早々学1の美形に告白されるなんてありがちな少女漫画的展開は、悪いがまったく求めてない。
「付き合わねえと、お前が男だって周りにバラすぞ」
「な…!、あくど…っ」
俺がコイツと付き合う? ありえない。何があっても絶対嫌だ。でも俺の正体がトミーにバレることだけは絶対避けなければ。
「ってか何なのお前、付き合え付き合えって、俺のこと好きなわけ?」
「いや、まったく」
躊躇いもせず真顔で即答する夏川に、ますます訳がわからなくなった。好きでもない奴と付き合う理由っていったい何なんだ。
「好きじゃあねえが、興味はある」
腰に手をまわされ体を引き寄せられる。端から見れば美男美女の絵になる姿だろうが、男である俺は鳥肌総立ちだった。
「やだやだやだ! 絶っ対いやだ! 俺は男だ、男となんか付き合うもんか」
「じゃあ、バラされても良いってのか?」
「それもヤダ!」
頑なに一歩も引かない俺をじっと見つめていた夏川は、ついに諦めたようにため息をついた。
「だったら本名おしえろよ」
「へ?」
「本当の名前。“今日子”なんて偽名だろ」
「………」
俺にしてみれば、これはかなり好条件だった。本名を言うだけでバラされずにすむんだ。付き合ったりするよりずっといい。だがこの瞬間、俺は唐突に香月の忠告を思い出した。香月は絶対に俺と真宮響介を結びつけるようなことを話してはいけない、と言っていた。俺の体裁を気にしてるのか何なのか、その口調には鬼気迫るものがあった。ああでも、すでに男だとバレてるんだ。本名ぐらい別にいいじゃないか。
「……響介」
すんなり名前を暴露した俺に奴はちょっと驚いていた。やっとこさ俺から手を放し考え込むような顔をしている。
「響介…、意外と男っぽいな」
「うっせえ」
男なんだから当たり前だ、とぐちぐちこぼしていた俺は、再び夏川に手を引かれ奴の胸に思い切りダイブしてしまった。
「おいおい、名前しゃべったんだから帰っていいだろ。放せよ」
「そんな約束はしてない」
「…っ、騙したな!」
ファーストキス死守のために香月との約束を破ったのに、結果がこれか。男と初めてのキスなんて死んでも嫌だ。俺は必死で抵抗してるのに夏川はビクともしない。体格と力に差がありすぎる。
「放せ、放せよ! やだ…っ、香月…!」
ほとんど無意識、まるで条件反射のように香月の名を呼んでいた。その瞬間、俺の体をまさぐっていた夏川の手が止まる。
「…カズキ? 誰、それ」
さぐるような夏川の眼差しに俺がビクついたその時、この部屋の扉が大きな音をたてて開いた。
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