ストレンジ・デイズ
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美作に連れてこられたのは、狭く薄暗い南館2階の理科準備室。実験器具や標本などが所狭しと並べられている薄気味悪い部屋だ。ここは昼休みにも関わらずあまり人気がない。呼び出しには最適の場所って訳だ。
「で、一体俺に何の用だよ」
周りの埃っぽい空気に耐えながらも、俺は美作を睨みつけた。奴も奴で目を顰めながら俺を真っ直ぐ見返してくる。
「率直に言わせてもらう。お前、何考えてんの?」
男にしては高い、アルトの声で美作は言った。俺にはよく意味がわからない。
「夏川様にあんなことして、この僕が黙ってると思った? 1年が何でしゃばってんの。それともああすれば夏川様に気に入られるとでも?」
「…はあ?」
どいつもこいつも意味のわからんことを。俺は奴を蹴ったんだぞ。好かれる訳がない。
「あのなあ、何勘違いしてるか知らねえけど、俺は夏川には全っ然興味ないから。これから近づく予定もないわけ。お前らみたいな変なカルト集団と一緒にすんな」
生徒会長親衛隊なんて怪しい団体には近づきたくない。確かにこの隊長さんはかなり可愛らしいが、それでも男。男が男の親衛隊なんて気持ち悪いとしかいいようがない。
「信用出来ないな。夏川様に害を及ぼす不穏分子は徹底的に排除するのが親衛隊の役目。悪いけど小宮、お前にはちょっと痛い目見てもらう」
「………小山内みたいに、か?」
俺の問いかけに美作はニヤリと笑った。これは肯定しているようなものだ。
「あれもお前がやったのかよ」
奴は言い訳もしないで肩をすくめる。まったく後悔も反省もしていないらしい。
「当たり前だろ。1年の、しかもあんなオタクの分際で夏川様に関わろうなんて、身の程知らずもいいとこだ。ま、あれは僕じゃなくて下っ端の隊員がやったことだけど」
「でもお前がやらせたんだろ」
「当然」
コイツは軽い犯罪組織のトップだ。こんな華奢でひ弱そうな男が仕切ってるのもおかしな話だが、黙ってやられる俺じゃない。
「かかってこいよ、美作。お前なんか俺の相手じゃねえ。けちょんけちょんにしてやる」
俺は関節をポキポキ鳴らして戦闘準備。こんなか細いバンビちゃんに負ける訳がない。俺には自信があった。けれど美作は可愛い顔で不敵に笑い、指をパチンと鳴らした。
「お前の相手は僕じゃない。僕は暴力が苦手でね」
その音が合図だったかのように準備室のドアが開き、ぞろぞろと2人の男が入ってきた。2人とも羨ましくなるぐらいのがっしりした体格をしていて、俺は思わず後ずさりしてしまう。
「これが小宮のお相手。気をつけた方がいい、2人ともラグビー部だから」
「……っ」
この時点ですでに形勢逆転、俺に勝ち目はなかった。あんなマッチョな奴ら相手に対等な勝負が出来るはずがない。
「せ、せこいぞ美作! 何でそんなムキムキ君達がお前の味方すんだよ!」
「…何でって、彼らは親衛隊だから」
「会長の!?」
「違う! 僕の!」
あ、お前のか。ちょっと焦った。…つうか親衛隊の親衛隊って。ややこしいな。
「で、美作君はその親衛隊さん達使って何しようってんだよ。俺は夏川にはもう近づかないって言ってんじゃん」
何か嫌な予感がする。とりあえず、簡単には帰してもらえないだろう。そういえば昨日唄子が、男が男に襲われる話をしていた。この学校ではそんな犯罪行為がざらにあるらしい。でもまさか…
「─強姦とか、しないよな?」
男があるなら女もありえる。怖くなった俺は美作達から出来るだけ離れようと後方へ下がった。後ろをろくに見なかったせいで、机の角に激しく尾てい骨をぶつけてしまう。美作は馬鹿にしたような目で、痛みに顔をしかめる俺を睨んできた。
「強姦? 女にそんなことする訳ないだろ。気持ち悪い」
「き、気持ち悪いって…」
俺に言わせりゃ男同士の方がよっぽど気持ち悪い。でも幸いなことにこれで男だとバレる心配がなくなった。と、いうことは──
「リンチか!?」
この瞬間から俺の頭の中には、どのようにしてここから逃げるか、それしかなくなってしまった。痛いのは嫌だ。れど状況は3対1で圧倒的に俺が不利。脱出は不可能に近い。
「だから、女にそんなこと出来るわけないだろ! 何度も言わせるなよ!」
「…えぇ?」
けれど美作には俺をタコ殴りにする気もないらしかった。俺の体に張り巡らされていた緊張の糸が一気にほぐれる。
「強姦もリンチもしないって…じゃあその後ろの筋肉コンビは何のために? 俺を痛い目にあわせるって言ったじゃん」
このマッチョな男達、さっきからずっと黙って立ってるけど言いたいことはないんだろうか。美作にとって夏川が絶対であるように、コイツらにとっては美作が絶対なのかもしれない。
「彼らは僕のボディーガード。夏川様を蹴るような女を相手にするなら、自分の身を守る必要があるからな。それに、傷つける以外にも色々痛めつける方法はある」
「………」
つまり美作には俺を殴る気がないと。小山内のことはボコボコにしたくせに、なんでだ。
「…美作、お前もしかしてフェミニ──」
俺の言葉は、準備室のドアが開いた音で中断された。一体誰だと視線を向ければ、そこには俺が一番会いたくなかった相手が。
「お取り込み中、か。俺がいたら邪魔? お二人さん」
「……!」
突然の訪問者は、間違えもしないこの学校の生徒会長、夏川夏その人だった。
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