ストレンジ・デイズ
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距離がそれほどなかったせいか、夏川が足音に気づき振り向いた時、すでに俺の体は宙に浮いていた。そのまま俺の飛び膝蹴りは奴の背中にヒットする。
無様に芝生の上に倒れる夏川。その異様な光景を見てしまった周りは水をうったように静まり返っていた。
「さっきから聞いてりゃ、何好き勝手言ってんだテメェ」
あまりの出来事に夏川は放心状態らしく、口を半開きにさせ倒れたまま俺を見上げていた。
「小山内がお前に何かしたのかよ! お前にそこまで言われるようなこと、したのかっつってんだよ! ほら、あるなら言ってみろ!」
静かすぎる中庭に俺の声だけが大きく響いた。夏川はいまだ事態を飲み込めていないようで何度もまばたきを繰り返している。
「見た目がよけりゃ何してもいいってか? しょーもない考え方だな! 小山内がお前に話したいことあるってんだから、聞くぐらいしてやってもいいだろ!」
ギロリと夏川をさげすむように睨みつけ、腰に手をあてる。この時の俺は後先なんて考えていなかった。
「お前みたいな奴がえらそうにしてるから、この学校は変なんだ。気持ち悪いだぁ? お前の方がよっぽど気持ち悪いっつーの、このナルシスト野郎!」
言いたい事を全部吐き出してスッキリした俺は身を翻して、ほうける夏川に背を向ける。棒立ちになる唄子の腕をつかんで半ば逃げるように教室へと急いだ。
「あ〜〜清々した!」
中庭で残された夏川達がどうなってるか気になるところだが、俺はとりあえず自分のイライラをぶつけることが出来て万々歳だった。初対面の奴をいきなり蹴り飛ばすなんて、初めての経験だが後悔はない。
「あんな人として破綻してる奴にはお灸をすえるべきなんだよ。何様のつもりなんだーってなぁ?」
俺は後ろの唄子に尋ねるため振り向くと、奴は真剣な顔をして考え込んでいた。
「なんだよ唄子。お気に入りの会長サマが俺なんかにやられて不満か?」
確か唄子情報によると夏川は喧嘩が強かったはずだ。不意打ちとはいえ奴が俺にを蹴り飛ばされたことがショックだったのかもしれない。
「ううん、そうじゃなくて──」
けれど唄子の考えは別のところにあったようで、俺を訝しげに見つめてきた。
「キョウちゃんってさ、小山内君のことどうでもいいって言ってたよね」
「ああ、別にどうだっていい」
「じゃあ何で助けたの?」
「何でって──」
夏川がむかついたから、と言おうとして俺は口をつぐんだ。
むかついた、それ以前に──
どうして、俺はむかついたんだ。
夏川が暴言を吐いたから。簡単な理由だ。でも別に夏川は俺に言った訳じゃない。他人なんかどうだっていい主義の俺が、あそこまで怒りを爆発させる理由ではないはずだ。
「…何でだろ」
なんか自分がよくわかんなくなってきた。そう考えると一方的に蹴り飛ばすなんてのは、やりすぎだったかもしれない。
「あたし的には別にいいんだけどね。正義の味方〜みたいでかっこよかったし」
「かっこ…」
おいおい、照れるじゃねえか。唄子もたまには嬉しいこと言ってくれ──
「そんなことよりも! あの夏川様とあんな最高の形で出会えたことが素晴らしいわ! もう、なんだかんだでキョウちゃんもあたしの夢に協力する気満々じゃない」
「………」
やっぱり唄子は唄子だ。どこまでも趣味に突き進んでいく。
「つか俺、夏川蹴り飛ばしたんですけど」
それが最高の出会いだってのか。コイツの考えてることはわからん。
「うん。あたしがそうしろって言ったんじゃん」
「? ……………あっ!」
そうだ、そうだよ! 確か唄子は夏川を蹴れって言ってた。それで俺は夏川だけは絶対蹴らねーって自分に誓ってたのに! 何うっかり忘れてんだ俺。
「しくったー…、なんで蹴っちゃうかなー…」
俺の馬鹿! ほんっと馬鹿! 初めて自分の馬鹿さ加減に憤りを感じた。
「これでもう夏川先輩はキョウちゃんのことで頭がいーっぱい。必ず今日中にアプローチ仕掛けてくるわよ」
「嘘だあああ」
これは夢、俺が見ている悪夢に違いない。誰かそうだと言ってくれ。
頭をかかえ座り込む俺の隣で、唄子が顔を赤らめ妄想に花を咲かせている。俺の高揚した気分はとっくに消え、後悔と絶望だけが残っていた。
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