ストレンジ・デイズ
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トミー、というのは俺と怜悧がつけた奴のあだ名だ。ちょっとナヨナヨしてる感じをうまく表してると思う。でもこんな愛称、俺ら以外の誰にも呼ばれてないだろう。
「なんでその呼び名、知ってるの?」
奴が1歩近づいてきたので俺は1歩後ずさった。
「え、え〜と…」
これはマズい。非常にマズい。即刻なんとかしなければ。あ、そうだ!
「実は今日子、真宮怜悧の友達なんです!」
「とも、だち…?」
妹の名前を出すのは一種の賭だったが、致し方ない。もうどうにでもなれ!
「怜悧からトミー先輩のこと聞いてて、ぜひお近づきになりたいなあって」
お、我ながらナイスフォロー。これでトミーに話しかけた理由も出来た。
「そっか、怜悧ちゃんの…」
なぜか少しふせ目がちになるトミー。俺はバレないように一瞬顔をしかめた。
「怜悧ちゃん、元気? 休みがあけてから会ってないから…」
「あ、もうピンピンしてますよ! いつもどーりです!」
「…そっか、良かった」
お前なんかいなくても怜悧は平気だって思わせたくて、俺は嘘をついた。つか何なんだその申し訳なさそうな顔は。悪い事したとか思っちゃったりしてんのか?
「今日子も、怜悧みたいにトミー先輩って呼んでもいいですか?」
「え? あ、それはもちろん」
富里はにっこり笑って了承する。よし、これでとりあえず堂々とコイツをトミーと呼べる。
「じゃあ小宮さんにも何か可愛いあだ名つけなきゃね。何がいいかな…」
自らのしゅっとした顎に手をあて考え込むトミー。嫌な予感がした。
「小宮今日子だから……きょうこりん、はどうかな」
「まあ、ステキ!」
てんめぇ何変なあだ名つけてくれとんじゃあ!! ぶっ飛ばすぞこのクソロン毛野郎!
「でもー、今日子はトミー先輩に名前で呼んでほしいなっ、なんて」
「…じゃあ“今日子”ちゃん?」
「はい!」
危ない危ない。後ちょっとで変な呼び名つけられるとこだった。ほっと一息ついてトミーに歩み寄った俺は、潤んだ瞳で奴の優しそうに見える顔に熱い視線を送った。
「トミー先輩、今日子にアドレスおしえてくれませんか?」
「ま、ざっとこんなもんよ」
3時間目、南館2階にある理科実験室で授業を受けていた俺は唄子にペラペラと自慢していた。
「ありゃ俺に落ちるのも時間の問題だな」
「さっすがキョウちゃん! 王道にはかかせない副会長をもう射程圏内に入れるなんて、何て早業! 尊敬〜」
「へっ、あんな奴、俺がすぐに化けの皮剥いでやる」
待ってろよ富里ハルキ。必ずやお前を惚れさせて、立ち直れないぐらいこっぴどく振ってやる! それで俺の復讐は完成だ!
「ははっ…はははっ…はーはっはっはっはっ──ぐうッ」
抑えきれない嘲笑を強制的に止められた。唄子が俺の喉をついたのだ。
「な、何すんだテメェ!」
「平凡受けはそんな高笑いしないの!」
「ハァ!? つか誰が平凡──」
唄子に反抗する前に俺は頭を叩かれた。何事かと見上げるとそこにはメガネをかけた香月の笑顔が。
「今は授業中ですよ、私語は慎んで下さい。他の生徒の迷惑になります」
「香月テメェ、誰に向かってそんな口──んっ」
またしても俺の文句は遮られた。唄子が俺の口をふさいだのだ。
「ごめんなさい山田先生。これからは気をつけます」
にっこり香月に微笑みを返す唄子。なんだかいつもと雰囲気が違う。
「仲が良いのはわかりますが、おしゃべりはほどほどにしましょうね」
「はーい」
「…………」
香月の馬鹿野郎。俺のパシリのくせに何だあの態度。俺とこの凶暴女のどこが仲良しだっつうの。
唄子の妙に素直な態度を横目で見るこの時の俺は、これからくる災難にまだ気づくことが出来ていなかった。
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