ストレンジ・デイズ
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振り返った俺の目の前には、何かが突き出されていた。もし俺が先端恐怖症ならビビっているところだ。俺はその何かの正体を知る前に頭をずらして声の主を確認した。
俺に呼びかけたのは背の高い短髪の男で、なぜか手に木刀を持っていた。突き出されていたのはそれだ。これだけでかなりの不審者だが、身にまとう学校の制服がここの生徒だということを示している。ブレザーについた校章の色は青。確かこの色は2年だ。
もしかしてこの男、唄子が俺を殺しそうだとでも思ったのだろうか。だとしたらとんだ勘違いだ。ただまあ、助かった。あのままだと半殺しにされててもおかしくなかっただろう。
けれどおかしなことに、男の木刀は俺に真っ直ぐ向けられていた。その先端は鼻先から下にずるずると下がり、ついに膝までおろされる。
「スカート」
次に男が口にした言葉がそれだった。意味がわからない俺はただ固まっていることしか出来ない。
「ボタン」
今度は首もとに木刀を突きつけられそんなことを言われる。そして木刀は再び元の位置に戻された。
「化粧」
最後にそれだけ言うと男はゆっくり手にした木刀をおろした。
「以上がお前の、改善すべき点だ」
「……は?」
なんなのコイツと隣の唄子を見ると、なぜか謎の木刀男を見てうっとりとした顔をしている。
「女子ということは1年だな。何組だ」
「……なんでそれをテメェにおしえる必要がある」
上から目線で訊かれ気分を害した俺は、目の前の男を声で威嚇する。だがその瞬間、唄子が俺の腕を引っ張り木刀野郎につきだした。
「名前は小宮今日子! 1年A組出席番号8番、牡羊座のB型です!」
「ちょ、オイ! 唄子テメェ…」
この女、あっさり俺を売りやがった。つうか何で俺の星座やら血液型まで知ってんだよ。
「スカートは短すぎ、ボタンを閉めない、化粧も濃すぎ。救いようがないな」
「…お前、初対面の女に向かって何言ってんだ」
謎の木刀野郎はなぜか俺の服装をチェックしていた。いくら校則違反だろうが俺は化粧をとってしまったら男だし、ボタンをキチキチ閉めるのは嫌いだし、スカートも短い方が走りやすい。
「校則を守れない奴に初対面も何もない。正直、デフ以外でここまで違反している生徒は初めてだ。少しは隣の婦女子を見習ったらどうだ」
「なんだと?」
唄子を見習うなんざまっぴらごめんだ。けれど木刀男に引き合いにされた唄子は、奴が『隣の婦女子』と言った瞬間なぜか体をこわばらせた。
「今日のところは口頭注意で済ませておく。ただし、次会ったとき改善されてないようなら…」
男は持っていた木刀を慣れた手つきで振り下ろした。
「小宮今日子、お前にはそれ相応の処分を受けてもらうつもりだ」
そう言い残すと男はつかつかと歩き出し、俺達の前からあっという間に消え去った。
「…なんだよ、今の」
俺が誰にともなくつぶやくと、唄子が俺の肩をバシバシ叩いてきた。
「馬鹿ねキョウちゃん! あれが我が校が誇る風紀委員委員長、一二三(ヒフミ)正喜君よ!」
「風紀委員〜?」
ふと横を見ると唄子が手帳を持っていた。このハンドサイズの手帳、激しく見覚えがある。
「一二三先輩は日本男児の象徴にしたくなるような、正義感の強い硬派で頼れる人よ。おまけに超正統派のイケメン! デフ以外の生徒から人気がものすごく高いんだから。こんな間近で見られる日がくるなんて…!」
目の色が激変した唄子は俺の手をぎゅっと握りしめた。
「キョウちゃん! 総受け主人公としては彼をおさえなきゃ駄目。頑張って!」
俺はその手を乱暴に振り払った。
「やだよ、あんな奴のどこがいいんだ。俺に上から目線で命令しやがって。俺の一番嫌いなタイプだっつの」
「……キョウちゃんの嫌いなタイプは小山内君じゃなかったっけ?」
「俺には嫌いなタイプがいっぱいあるんだよ!」
かなり、いやものすごく俺は不機嫌だった。あんな風にえらそうに言われるのは大嫌いだ。俺の中で奴はウザい男ナンバー1に確定された。
「…つうか、何で木刀持ってたんだ?」
「そりゃあ風紀委員だもの。デフと戦う必要があるでしょ。一二三先輩はね、剣道部副部長でもあるのよ」
「………」
戦うって、アイツはヒーローかなんかなのか? 俺は瞬時に不良を次々とぶった斬る一二三の姿を想像した。
「なんかデフの連中がかわいそうに思えてきたな…。普通こんないたいけな女子に向かって木刀振りかざすか? アイツ絶対血も涙もないぜ」
「先輩はじゅうぶん手加減してくれてたわよ。キョウちゃんがもし男だったなら確実に問答無用で叩かれてた」
「マジで?」
ますます酷い奴だ。絶対に二度と会わないようにしよう。
「つか、何で俺だけ怒られんの。お前が髪染めてんのはいいわけ?」
もしかしてコイツ、理事長の孫という権限を利用してるんじゃないだろうな、と唄子の茶髪に目を向けた。けれど唄子は首をすくめるだけだ。
「だってあたしの髪は地毛だもん」
「え、マジ?」
完璧染めてると思ってた。言われてみれば人工とは違う自然な茶色な気もする。
「一二三先輩はそういうとこも見抜けるのよ。さすがだと思わない? 是が非でもキョウちゃんと何とかなってもらわなきゃね」
「…………俺、委員会はとりあえず風紀以外だったら何でもいい」
切実にそう願っている俺に唄子は、女子は風紀にはなれないのと笑っておしえてくれた。
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