ストレンジ・デイズ
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「そんなに警戒しないで真宮君」
座ったら? と目の前にイスを出される。樋廻は樋廻でキャスター付きのふかふかそうなイスに腰をおろした。
「僕の名前は樋廻保(タモツ)。ここの保健医、よろしくね」
「………何で俺の本名知ってんだよ」
この野郎、と言わんばかりに睨んでやる。樋廻はきょとんとした目で俺を見た。
「あれ、唄子から聞いてない? 僕も理事長の孫なんだけど」
「ま、孫ぉ!?」
そんなの全然聞いてない。ってか孫どんだけいるんだよ。
「じゃあ、お前は唄子の兄貴ってこと?」
「いや、従兄弟だよ」
そういいながら、にこにこ微笑む樋廻を見て、そういえば唄子とどことなく似ているかもしれないと思った。雰囲気はまるで違うが。
「なんだ、そういうことか」
事情を理解して安心した俺は、差し出されたイスを引き寄せドカッと腰を落ち着ける。股を広げてすっかりリラックスモードだ。
「でも何で理事長の孫が保健医? 後継がねえの?」
俺の質問に樋廻はまさか、と肩をすくめた。
「あんな面倒な仕事ごめんだよ。こっちの仕事の方が何倍も楽しいしね」
「楽しい?」
保健医ってそんなに快い仕事なんだろうか。俺にはそうは思えないが。
「すっごく楽しいよ。生徒の苦痛に歪む顔とか見てる時とか特に」
「…………」
おいおい、何だコイツ。なんちゅう危険思想だ。
「人の苦しむ姿を見ることほど、楽しいものはないよね」
「………性格、悪っ」
謎の保健医は理事長の孫で、とんでもないS野郎だった。極力お近づきになりたくないタイプだ。
「唄子は元気にしてる? 最近全然会ってないなぁ」
「アイツならピンピンしてるぞ。そりゃもうウザいぐらいに」
俺は体をひねり椅子に座ったまま回転する。無駄に長い髪が無造作に広がった。
「ここにも誘ったんだけど、何か凄まじい勢いで拒否されちまって」
樋廻は俺の話をきいて困ったように笑う。なぜか寒気がした。
「僕のせいかもしれないね」
悲しみに浸るかのような顔をして樋廻はそうつぶやいた。
「…なんで?」
俺が尋ねると樋廻はため息をつきながら肩をすくめ足を組む。俺は奴の仕草にいちいちイライラした。
「昔、よく唄子の家に遊びに行ってたんだけど、そのたびにあの子をイジメてたんだよね」
「………」
「あ、でもイジメっていってもそんな酷いことはしてないよ? 唄子の靴に大量のカエルを入れたりとか、寝てるすきに顔の上に蜘蛛のせたりとか、可愛いものなんだけど」
「…………」
それだ、絶対それだ。唄子がここを嫌がっていたのは100パーセントこの樋廻保のせいだ。そりゃ小さい頃にそんなことされたらトラウマになるに決まってる。あの時の唄子の鬼気迫る表情の意味がやっとわかった。
「つまり唄子はお前のこと、怖がってんのか?」
「そうなのかな。だとしたら悲しいよ」
待て待て、ちょっと待てよ。と、いうことは─
「…ふふ…ふふふふ」
「ど、どうしたの?」
俺の奇妙な笑い声に若干引き気味になる樋廻。でもそんなことは今の俺にはどうでも良かった。
「やっと見つけたぞ…! あの女の弱点!」
これで完全に俺の勝ちだ! なんの勝負かは自分でもちょっとわからないが、奴の弱点を知ったことでがぜん有利になった。
「いや、樋廻。お前ってめちゃくちゃ素晴らしい奴だな!」
俺は感謝の意を示そうと樋廻の手を握ってブンブン振った。けれど樋廻はそんな嬉しそうな顔をしていない。
「…真宮君、僕のいないところで唄子をイジメちゃ駄目だよ?」
「はっ、そんなこと知るか」
俺はアイツへの対抗馬を探してたんだ。悪いが樋廻、お前のそのSっ気を思う存分、利用してやる。
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