ストレンジ・デイズ
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ドアを開けて入ってきたのは茶髪の眼鏡をかけた男だった。彼は白衣を着ていたので何者かと考える必要はない。十中八九ここの保健医だろう。特に目立った特徴もないその男は俺達を見てにっこり微笑んだ。
「藤堂先生、今度は女の子に襲われたんですか? それとも先生が襲ってるとか」
「違う!」
藤堂が声を張り上げて否定すると、そいつは小さく、残念、とつぶやいた。そしてずかずかと保健室に入ってくる。
「樋廻先生!」
藤堂はその保健医のことをそう呼んだ。ヒマワリ先生って、なんか幼稚園の先生みたい。
「先生、どうしていつも保健室にいてくれないんです? おかげで俺はいっつもいっつも…」
保健医に詰め寄った藤堂は彼にすがりつき必死に問い詰める。それに引き換え保健医、樋廻は涼しい顔をしていた。
「だってその方が面白いじゃないですか」
「お、面白いって…」
絶望に染まる藤堂の顔。だが樋廻はよりいっそう笑みを深くした。
「それにしても、あなたの大好きな女子が入学してくるなんて、良かったですね」
俺をちらりと一瞥しながら樋廻がいう。
「ああ! これであの悪夢の生活から解放される」
「それはどうでしょう」
笑顔で意地悪を言う保健医を見て藤堂が怪訝な顔をした。
「なぜですか?」
尋ねる藤堂に樋廻は再び笑みを返す。
「僕にとってそれは、非常につまらないことですから」
悪びれもせず言い切る樋廻に藤堂はぐうの音も出ない。ただただ頭を抱えるだけだった。
「藤堂先生、そろそろお戻りになった方がいいのでは? もうとっくに授業始まってますよ」
「あーっ!」
真っ青になった藤堂は慌てて時計を確認する。元々は綺麗な顔がさらに崩れた。
「1時間目はホームルームだ! クソッ、すっかり忘れてた。小宮、お前もさっさと教室戻れよ!」
言うが早いか藤堂は、あっという間に走って保健室を出ていってしまう。一瞬だった。
「……さて、ところで君は一体どこが悪いのかな?」
2人きりになった途端、樋廻が俺ににこやかに尋ねてくる。
「別にどこも悪くねぇよ」
「そうなの? 残念」
「………」
この男、さっきから色々とおかしい気がする。見た目はごく一般的な若い男なのに、人としての何かが欠けている気がした。
「じゃあ一体、保健室に何の用?」
「サボりに決まってんだろ。それ以外に使い道があるか?」
俺の独自の理論を初めて会った保健医に押し付ける。だが意外なことに彼はそんな俺を怒りもせず、突然笑い始めた。
「な、なんだよ」
腹を押さえて笑ってるということは、よほどおかしいらしい。笑われるとこっちの居心地が悪い。
「いや、なかなか愉快なことを言う子が来たなあ、と思って」
樋廻の言葉に俺は鼻を鳴らし、ベッドに向かった。これ以上コイツと話しても無駄だし不愉快だ。
「待って待って、しんどくもないのにベッドで寝ちゃ駄目だよ、真宮君」
「うるせぇ、どうしようが俺の勝手……」
…待て、今コイツなんて言った。
真宮、君? 真宮君って
「な、な、な…何でその名前を!」
それは俺の本名で、ここではトップシークレットのはずだ。俺と唄子と香月以外、誰も知らないはずなのに。
「まあまあ落ち着いて、座って話でもしよう。真宮響介君」
慌てふためく俺を見ながら、さらに嬉しそうな顔をする樋廻。俺はそいつを猜疑の目で見ながら注意深く後ずさった。
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