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ストレンジ・デイズ



やけに急かされた割に、部屋に出てからの移動のテンポはいたって普通だった。特に焦る様子もなくのんびり歩く唄子。俺はうまくごまかされたってわけだ。いや、うまくはなかったが。

「あー…授業とか憂鬱」

「学生は勉強が本業よ、キョウちゃん」

わかった風な口をきく唄子を無視して、俺は下靴にはきかえるため靴箱の扉を開けた。

「…なんだこれ」

その瞬間、足元に舞い落ちる無数の手紙。確かに俺の靴箱から落ちてきた。

「ったく俺の靴箱はゴミ箱かよ…」

靴箱にゴミや中傷的な手紙を入れられたのはこれが初めてじゃない。初めて入れられた時だって、いらつきはしたものの落ち込みはしなかった。靴がなくなってるよりなんぼかマシだ。

「…キョウちゃん、それゴミじゃないと思うんだけど」

「あ? だったら何だよ」

「読んでみたらわかるわよ」

俺は唄子の言われるままその中の一通の封筒を破り、中にあった手紙に目を通した。

「えー『昨日HR中にもかかわらず、中庭をふっきれた顔で颯爽と歩いていたアナタに惚れました』……俺にケンカ売ってんのか?」

「なに言ってんのキョウちゃん! どっからどう読んでもラブレターじゃない!」

「ラブレタぁ?」

そんなもの生まれてこの方もらったことがない。最近まで、靴箱に手紙イコール不幸の手紙かと思っていた。

「2日目でこんなたくさんの恋文がくるなんて…さっすがキョウちゃん! 顔だけはいいもんね。全部ちゃんと読まなきゃな駄目よ」

「……何で知り合って2日目の奴に顔だけって言われなきゃならねえんだよ」

俺の中身の何を知ってるっていうんだ。もしかしたら心の奥底では良い奴かもしれないじゃないか。
けれど唄子は俺の抗議なんて聞かないで、手紙の差出人の名前をチェックし始めた。

「やだこれ、ノンケで有名な陸上部のエース、早瀬君からじゃない! ねえ、どうしよう! キョウちゃんどうしよう!」

「べ、別にどうもしねえけど…ってかやたら詳しいな、お前」

興奮する唄子とは対称的に俺は複雑な気分だ。モテないよりはモテた方が嬉しいのは確かだが、相手が男では気分も萎える。

「嘘! バイで有名な荒木君からもきてるじゃない! これは額縁入れて飾るべきだわ。それに…うっわ、バスケ部部長の垣内君まで。ホモのくせに!」

「…唄子、お前もうちょっと声落とせ」

良くも悪くも登校時間だ。俺達の周りにはかなりのギャラリーがいた。俺の靴箱から手紙が落ちてきたときから。

「んー…でもあたし的にはちょっと複雑な気分…」

「何がだよ」

唄子が散らばった手紙をかき集めながら、難しい顔をしてぼやいた。

「キョウちゃんがモテモテなのは嬉しいわよ。夢の総受けライフに近づくわけだから。でもでも、一応見た目は女のキョウちゃんに、男にしか興味ない人までメロメロだなんて。キョウちゃんはゲイをストレートの道に引きずり込む魔性の女ね!」

「ま、ましょう…」

そんな言い方される覚えはまったくない。だいたい乗り越える課題が多すぎる男同士の恋愛より、女を好きになるほうが楽に決まってる。そういう意味では俺がしてることは良いことだ。魔性なんて言われる筋合いはないはず。

「ま、この俺に任せてくれれば、学校の男共を全員まともにしてみせるけど」

「キョウちゃん…」

唄子に制服の襟をぎゅっとつかまれた。しかもかなり強く。

「そんな調子づいた発言しちゃダメ。あたしが好きなのは美人無自覚受けだから!」

「は?」

またしても意味不明なことを言い、唄子は満面の笑みを浮かべて俺の腕を引っ張った。

「そもそも誰にでも愛想振りまく受けなんてクソ食らえよ! 不本意総受けが王道の基本なんだからね!」

「た、頼むから日本語でしゃべってくれないか…」

もちろん俺の言葉は無視して、唄子は綺麗にまとめた手紙を勝手に俺の鞄に詰め込み、俺を引っ張りながら寮を後にした。


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