ストレンジ・デイズ
□戸田暁生
大変なことになった、と夏川から連絡が来たのが次の日のことだった。
直接会って話したいというので、放課後に生徒会室まで足を運んだ。女の姿をしていた時はどこを歩くのも一人だと唄子や香月がうるさかったが、今では自由だ。俺を盗み見たり、遠巻きに騒がれることもなくなった。
「入りまーす」
声をかけてドアを開けると生徒会室に俺を待っていた夏川とトミーがいて、二人ともわかりやすく絶望的な顔をしていた。
「どうした?」
「大変なことになった……」
それはもう聞いた、と言うとソファーに座るように促される。室内はお通夜かなと勘違いしそうになるくらいの重く暗い雰囲気で満たされている。
「昨日、戸田がデフの連中に絡まれたんだ。荒木に楯突いたのがムカついたんだろーけど、その場には俺達いなくて、たまたま通りかかったお前のクラスの八十島が庇ってくれたらしい」
「善が? 善に怪我は?」
「それは大丈夫。八十島くん、デフからも好かれてるからね」
好かれてるの意味がわかるだけに複雑な心境だ。善はここの男達にモテすぎて心配になる。
「なら良かったじゃん。何が駄目なの?」
「昨日、そいつ女装してただろ」
「おっ、夏川も見た? あのメイクしたの俺。半分くらいは唄子がやったから、本番はもっとクオリティ上げてくぜ」
あの後すぐにメイクを落として服を脱いだ鬼頭とは違って、善は女装したまま部活に連行されていったのでどうなったのかと思っていた。まさか夏川達にまで噂が届くほど話題になっていたとは。
「あれやったのお前かよ。おかげで助けられた戸田が、すっかり八十島に惚れ込んじまったんだからな」
「えっっ」
確かにあの女装姿の善は美少女だった。俺レベルとまではいかないまでも、本物の女だと勘違いして惚れてしまう奴がいてもおかしくはない。
「おかげでアイツの病気がまた再発した。朝から晩まで八十島の事しか口にしない。お前も原因作った一人なんだから、戸田を元に戻す方法を考えろ」
「……普通に男だって言えばいいのでは?」
俺の至極まっとうな言葉にトミーが頭を抱えて項垂れた。
「言ったよ〜〜驚いてたけど、それでもいいとか言うんだよ。両方いけるなんて聞いてないよ〜〜〜」
「男でもいいの!?」
トミーの話によるとメイクオフした善の姿も見せたそうなのだが、面影あって可愛いなどと言って完全に恋に盲目になっているらしい。トミーは涙目になっていた。
「ここの仕事は元々8割僕と戸田でやってたんだ。それなのに戸田までサボり始めたら、僕はどうすればいいんだ……もう終わりだ……」
「はぁ……。生徒会の仕事に関しては夏川が頑張ればいいのでは?」
「それは嫌だ」
「何でだよ」
しかし生徒会の仕事はどうでもいいが、このままでは俺の大事な親友の善がストーカーに追い回されることになってしまう。俺には関係ないと傍観していられない。
「またトミーの姉ちゃん呼び寄せたらいいんじゃねーの」
「いま妊娠中なんだけど……」
「あ、そりゃ駄目だな。他に手頃な美女はいねぇのか?」
「うーん、俺の妹は可愛いけどまだ若すぎるからなぁ」
若すぎるも何もお前の妹はまだ幼児だろ、と心の中で夏川に突っ込んでおく。
「じゃあ仕方ねぇ、もう俺が女装するしかねぇか」
元々俺に会えば確実に惚れてしまうから会わせないようにしていたのだ。おれがちょろっと女装すれば善のことなど忘れさせる自信がある。
「それは……やめた方がいい」
「なんで?」
むしろそれを頼むために俺に相談してきたのかと思ったくらいなのに、夏川に止められてしまった。
「お前は戸田をわかってない。アイツは生粋のプロのストーカーなんだ。あの凄まじい執着と捜索能力をもってすれば、小宮今日子の正体がお前だってバレるかもしれねぇ。そしたら本当に海外にでも逃げない限り、一生粘着されるぞ」
「こっわ」
そんなヤバい奴が身近に潜んでいたなんて。一寸先は闇とはこのことか。
「俺達に残された選択肢は、なんとか戸田のストーカー行為をやめさせて正気に戻ってもらうか、戸田の代わりに荒木に生徒会の仕事をちゃんとさせるか。二つに一つだ。そのためにお前も知恵出せ」
夏川は追い込まれた顔つきで俺に命令する。正直その二つを実行するより自分で生徒会の仕事をする方がはるかに楽だと思うのだが。夏川がサボるためではなく、俺は善のためにない知恵を絞ることにした。
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