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ストレンジ・デイズ



唄子に促され、俺はようやく善に話しかける気になった。しかし今日こそはやるぞ、と意気込めば意気込むほど身体が動かなくなる。そうこうしてるうちに昼休みになってしまい、俺は教室の隅で友達と楽しそうに話す善を盗み見ながら一歩踏み出せずにいた。隣で唄子がしきりに俺を小突いてくる。

「キョウちゃん、このままじゃ1日終わりそうなんだけど」

「うるせー! 俺の好きなタイミングでいいだろ」

「タイミングなら今でしょ。八十島くんすぐそこにいるんだし。ほら、ゴーゴー!」

唄子に無理やり背中を押され善の元へ連れてこられる。友人達と大盛り上がりしている善が、こちらにはまだ気づいていない。常に善の横にいた里見啓太とかいう善の友人が親しげに肩を組みながら言った。

「善、久しぶりにグラウンドでサッカーしようぜ」

俺が言おうとしていたことを先に言われ、思わず足が止まる。この男は今日子だった時から善の横をうろちょろして邪魔だったのだ。今回もまた余計な邪魔をしてくれた。

「いや、悪い。しばらく部活以外でサッカーはやめとくわ」

「えー! 善いねぇとつまんないし」

「ごめんごめん」

「何か最近無気力じゃねえ? そりゃあんなことがあってお前も……あれ」

日比野啓太が善の後ろに立つ俺に気づいて会話をやめてしまう。こちらを見る啓太につられて善も俺の方を見た。

「真宮? どうした?」

「あ…」

善が優しい口調で俺に訊ねる。特にこれといった用事もない俺は慌てて何かないかと考えるが、まったく思い付かない。今の俺にはこいつとの接点などないのだ。
けれど俺には小宮今日子としてではあるものの善との思い出がある。善が興味をひかれるものが何か、何かないのか…! 思い出せ俺…!

「八十島善、お前の好きそうなAVを入手したから、後で俺の部屋に見に来い」

「へ」

俺は一体何を言っているのか。よりにもよってこれじゃなくても、他に色々あるだろ! いや、なかったとしてもAVはない。だいたいそんなもの、俺持ってないし。

「内容をおしえてくれ」

「えっ」

失言に悶え苦しんでいたところ、善から質問をされ面食らう。内容? AVの内容? 本当は持ってないけど、善が以前隠し持っていたものでいいか。

「女教師モノとか、ナースモノだ」

「! 何で真宮が俺の好みを知って……まさか」

「?」

「キョウから聞いたのか…!?」

その質問には答えられず言葉に詰まっていると、善の顔がみるみるうちに赤くなっていく。そんな俺たちの意味不明なやりとりに啓太が首を突っ込んできた。

「なあ善、AVって何の話? そんなのあるなら俺にも見せてよ。なあなあ」

「頼む…今は…放っておいてくれ……」

「善? 大丈夫?」

「一人にしてくれ……いや、誰か俺を殴ってくれ……」

善がすっかり塞ぎこんでしまったので、それ以上何も言えなくなる。どうすればいいのかわからず立ち尽くしていると、背後から思いっきり腕を引っ張られた。

「ちょっと! 何だ今の!」

「う、唄子」

唄子が恐ろしい形相で俺を睨み付けてくるも、俺の方もその理由がわかってるだけに目をそらすことしかできない。

「誰があんなこと言えっつった?」

「しょーがないだろー! 俺だって、俺だって……」

「ちょ、キョウちゃんどしたの」

まさかの失敗に本気で落ち込む俺を見て唄子の怒りが引っ込む。ポンポンと背中を励ますように優しく叩いてくれるので俺はさらにみじめになった。

「俺駄目だ…何であんなことしか言えないんだ…」

「大丈夫だよ、キョウちゃん。また頑張ればいいじゃない。ね」

めそめそする俺を慰める唄子。いったい俺はいつからこんな弱気になってしまったのか。こんなの俺じゃない。そう思うとますます落ち込んできた。その日は結局、自分のふがいなさを実感しただけで善と話すことはできなかった。

そして唄子がずっと俺の側に寄り添って励ましていたため、俺が唄子と付き合ってるのはどうやら間違いないらしいという噂が瞬く間に広まってしまった。俺達がいくら否定しても、隠したいんだなと思われるだけ。こうして俺の学生生活は、唄子の彼氏として始まってしまった。


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