ストレンジ・デイズ □ 「夏川!! おい! しっかりしろ!」 制服が血で濡れている。夏川が刺されたのだ。俺を庇ったせいで。 「動かさないで!」 どうすればいいかわからず頭が真っ白になっていた俺の元に、救急箱を持った眼鏡の保険医が叫びながらこっちに向かって走ってくる。奴は夏川の血を見るとすぐさまガーゼやタオルを使って止血をし始めた。 「頼む、こいつを助けてくれ! 相手は俺を狙ってたのに、夏川が庇ってくれたんだ」 「大丈夫だよ、救急車がすぐに来るから。頑張って」 保険医の言葉に少し冷静さを取り戻すも、俺には何も出来ない。夏川の頭を膝にのせ、俺は苦痛に歪むその顔を呆然と見ていることしかできなかった。 「怪我は?」 ナイフ男がちゃんと拘束されたのを確認した後、香月が俺の横に座り優しく声をかけてくる。俺は小さく首を振った。 「俺は何も…でも夏川が」 「キョウ様のせいじゃありません」 「そうだ…お前の、せいじゃない…」 「!」 苦しそうにしながらも夏川が俺に声をかけてくる。夏川が話せる事にほっとして少し平静を取り戻したが、それでもまだ頭は混乱したままだ。 「ごめん、夏川! 俺のせいでお前がこんなっ…」 「…だから、お前はなんも…悪くねぇって……」 「無理してしゃべるなよ、すぐ救急車が来るから」 とはいいつつこんな山の中にある学校に来てくれるのはいつになるのか。その間に出血多量で死んだりしたら……、そんなこと考えたくもない。 「何で俺なんか庇ったりしたんだよ…」 俺は一度だってこいつに優しくしたことなんかない。いつも邪魔だ厄介な存在だと思っていたし、告白された時だってたいして嬉しくもなかった。それはこいつにだってわかっていたはずだ。 「だからずっと…言ってるだろ……お前が好きだ、って」 「……」 その気持ちすら俺は完全に信じてはいなかった。本心だったとしても、自分の命より俺を優先するほどだったとはとても思えない。なのに現にこうして夏川は俺を守った。俺みたいな最低な奴、庇う価値なんかないのに。 「お前、バカだろ。俺みたいなどうしようもないの相手に……」 「そんな、ことねぇよ…。自分の事、そんな風に言うな…」 夏川があんまり優しく弱々しい声を出すので涙が出そうになる。震える俺の手を奴が弱々しい力でそっと握った。 「どうやら、結構深く刺されたみてぇだ…。これが……最後になるかもしれねぇから…お前に、頼みたい事が…」 「は? な、なに言ってんだよ。最後なわけねぇだろ。お前みたいな奴が、死んだりするもん、か……っ」 夏川の手が俺の頭にそえられて、奴と俺の唇が触れる。それはすぐに離れたが、俺は口をあんぐり開けたまま唖然としていた。 「悪いな…冥土の……土産にしたくて」 「アホか! こんなもんで満足して死んだりしたら絶対許さねぇからな!!」 俺は奴にすがりつきながら今度こそ涙が溢れた。神様に夏川を助けてもらえるように頭の中で何度も懇願した。夏川の瞼が閉じられて苦しそうだった表情から力が抜けていく。夏川の命が消えてしまいそうでみっともなく泣き叫んだ。 「あの、盛り上がってるところ悪いんだけど…」 「うっ…うう…うあああ」 「刺されたって言っても浅く切られただけみたいだし、死ぬことはないと思うんだけど」 「う……ううっ……うん?」 「もちろん病院ですぐに診てもらわなきゃだけど、大丈夫だから安心して」 保険医の言葉に俺の涙が引っ込む。まじまじと夏川の顔を見下ろしていると、奴の目がぱっちり開いた。 「…いや、俺は死ぬかもしれないと思ったんだよ。実際すごい痛いし」 「はあ?」 夏川の言い訳に安堵すると同時に怒りがこみ上げてくる。俺の無駄に流した涙はどうなるんだ。 「てめぇいい加減に…!」 「キョウ様」 夏川に怒鳴ろうとした俺を香月が制止する。そうだ、例え何があろうともこの男が俺を助けてくれたのは事実なのだからそれを忘れてはいけない。 「香月…悪い」 「大丈夫です。この男の言葉はすぐにでも事実になりますから」 「え」 「俺がかたをつけますよ。無断でキョウ様の唇に触れるなんて、万死に値します」 「わー! 待て待て、こいつ一応命の恩人だから! 落ち着け香月!」 今度は香月を止めるのに必死になる俺。結局救急車が来て夏川が運ばれ警察が来て、ようやく俺は身体から力が抜けた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |