ストレンジ・デイズ
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次の日の放課後、俺は先輩と個人的に会う約束を取り付けた。中庭の人気の少ないところへ彼を呼び出し、笑顔で来てくれたトミーに小声で詰め寄った。
「今日子ちゃんお待たせー。話って…」
「トミー先輩にどうしてもききたいことがあるんですが!」
「な、なあに?」
「先輩って、男の人が好きなんですか!!」
遠回しに回りくどく聞き出すスキルなどないので、単刀直入に訊ねる。トミーは一瞬面食らった顔をしたのもつかの間、すぐに照れたように表情を崩した。
「…もしかして、話聞いた? うん、そうだよ。隠しててゴメンね」
「マジかよ!!」
あっさり認められてしまい敬語も忘れて叫んでしまう。トミーが本当に好きだったわけでもないのに、俺は酷いショックを受けていた。
「うん、あんまり知ってる人いないから、一応内緒ね」
「何で隠すんですか」
「それは、まあ色々あって」
確か夏川はトミーが年上好きなので言い寄られると困るから女が好きなふりをしていたと言っていた。実際は俺みたいな女モドキが寄ってきたわけだが。
「あの……今日子ちゃん怒ってる?」
「…怒ったりなんて、俺は…」
トミーが意図的に俺を騙していたわけではない。怒ったりする権利はないはずだ。ただ女装までしてここにいる意味がまったくなくなってしまったことに絶望していた。
「すみません。でも、…しばらく、一人で、一人になりたいです」
「今日子ちゃん?」
「呼び出してすみません。……もちろんこの事は、誰にも話しませんからぁああ!」
「今日子ちゃん…!?」
トミー先輩の呼び掛けを無視し、その場から走り出す。先輩が俺に追いつけるはずもなく、俺はまんまと逃げ出すことに成功した。
混乱のまま携帯を手に取り香月に電話して話があると言うと、俺があまりに切羽詰まった様子だったためか寮に戻って待つように言われた。仕方なく寮に向かって歩いていると幾分か冷静になっていったが、こうなった以上ここでの生活はもう終わりだろうと思うと落ち着かなかった。
部屋に戻り、放心したまま一人ベッドに横になりながら香月を待っていた。唄子は部活でまだ帰っていない。それからしばらくしないうちに、香月が部屋に飛び込んできた。
「キョウ様、何があったのですか…!」
お忍びなのであくまで小声だったが、電気を消したままベッドに突っ伏す俺を見て心配そうに駆け寄ってくる。俺はちらりと顔だけ香月の方へ向け、口を開いた。
「…トミー先輩、男が好きなんだって……」
「はい?」
「トミー先輩は、年上の男が好きなんだって! だから女装なんかしてる俺は、告白されるわけねぇの!」
俺がくずるように叫ぶと、さすがの香月も目を見開いて驚いていた。俺の横に跪き、かなり焦った様子で訊ねてくる。
「それは本当なんですか? 誰から聞いた話なんですか?」
「トミー本人から聞いたから間違いねぇよ〜。あ〜俺ってすげぇ馬鹿じゃん…」
「…富里君、他に何か言ってました?」
「はあ? 他ってなんだよ。これ以上最悪なことなんかねぇよ」
ちゃんと下調べしなかった俺が悪いのだが、女装している俺ならともかく、素顔の俺なんか男とはいえ好きになってもらえるか疑問だ。どのみち、俺なんかにトミーを惚れさせるのは無理だったのだろう。
「どうしよ香月……こうなった以上もう女装してここに通う意味なんかねぇじゃん…」
「……そうですね」
「やっぱ、男だとバレる前にとっとと転校した方がいいよな? 現にもう何人かにバレてるし……あ、でも怜俐に何て言えばいいんだ……」
「いやしかし、転入先の学校も決まっていませんし、しばらくはこのまま過ごしていただかないと」
「わかってるよ〜、でも毎日女装すんの地味に大変なんだよなぁ」
女装するのも面倒だし、そのせいで鬱陶しい奴にも絡まれる。襲われる危険もあるし、勉強にもついていけない。でもここで会えた友達の事を考えると、会えなくなるのはつらかった。手放しに喜んでは出ていけない。
「まさか、こんな形で終わるとはなぁ…」
トミーは妹を傷つけた男だが、同性愛者だったのなら仕方ないところもある。むしろトミーの方を傷つけずにすんで良かったのかもしれない。毎日あいつと話すうちに、俺はトミーのことが嫌いではなくなっていたのだから。
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