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ストレンジ・デイズ



「先生ー!!」

「い、市浦君!?」

叫びながらこちらに走って向かってくるのは謹慎中であるはずの市浦君だった。彼は唖然としている俺のところまでやって来て、勢いよく荒木と引き離した。

「先生、大丈夫ですか!」

「な、何故……」

「先生がこいつらに囲まれてるってうちのクラスに聞いて……走って飛んできたんです!」

ぜぇぜぇと息を切らしながらも俺を背後に隠し周りの生徒を威嚇する。俺は自習を抜け出してきた彼を怒るべきだったのかもしれないが最早それどころではなかった。

「てめぇ市浦……何しに来やがった」

余目君が完全にキレた様子で突然現れた市浦君にガンを飛ばす。それに呼応するように周りの荒木一派も立ち上がり、一触即発の雰囲気だ。

「お前ら、やめろ」

リンチでも始まったら全力で止めなければと身構えていたら、荒木の一声で全員が止まる。立ち上がった荒木は市浦君の前まで来ると冷たい視線で彼を見下ろした。

「こいつの相手は俺がする。お前らの加勢は必要ねえ」

「いやいやいや、二人とも落ち着きましょうよ」

「先生、どこか怪我は……この男に何かされませんでしたか!」

「何もされてません。大丈夫ですから」

荒木は自分の威厳を保つために、市浦君は俺を守るために必死だ。人の話を聞く余裕もない二人をどうやって止めるべきなのか。

「お前ら山田先生を集団で追い詰めて何をする気だったんだ。……返事しだいじゃ許さないぞ」

「俺が自分の女をどうしようと関係ねえだろ」

「先生はお前のじゃない!」

「てめぇのもんでもねえんだから、口出しすんな」

「するよ。俺は先生が好きだ」

彼の公開告白に俺は開いた口が塞がらない。荒木の背後にいた余目君達も同様のリアクションだった。

「だからって王子様気取りか? 笑わせるな」

「先生は俺がもらう。お前なんかにはわたさない」

断固とした彼の発言に荒木が静かにキレたのがわかった。市浦君に向かって振り下ろされそうになった手を、咄嗟に掴んで止めた。

「荒木、やめなさい」

全力を出さないとデフのトップである彼は止められない。痛いくらい強く掴んでいる彼の手からミシミシと骨がきしむ音が聞こえる気がした。

「……離せ」

「彼を傷つけないでください」

何かしたら絶対に許さないという顔で荒木に脅しをかける。恐らくそれが彼を完全に怒らせてしまったらしく、彼は勢いよく腕を振り払うと俺に全力で襲いかかってきた。このままではやられる、と本能で察知した俺は彼の襟首を掴み、腰を落として重心を変え懐に入り込こむ。そして荒木が理解するより先に彼の身体を投げ飛ばした。

もちろん怪我をしないように芝生の上に転がしたのだが、反応できてなかった荒木は技をもろにくらってしまう。俺は彼が反撃できないようにそのまま寝技に持ち込んだ。

「大外刈りからの体落としですよ。いや、ここまでうまくいくとは……ってあれ。……荒木? 大丈夫ですか?」

呼びかけに答えてくれない彼を見ると完全にのびている。いくら身を守るためとはいえやりすぎた。なまじ強い相手なだけに手加減が難しい。

「山ちゃん酷い! 実美に何すんねん!」

「す、すみません。つい」

「実美の仇……! くらえー!」

怒っているわりにやたら笑顔で俺に立ち向かってくる上原君。あまりに突然のことに俺はそのまま向かってきた彼を巴投げしてしまう。綺麗に受け身をとった彼はたいしたダメージもないはずなのに、そのまま虫の息で呻いた。

「うっ、うう〜……」

「誉さん!!」

「お、俺はもうアカン……お前ら頼む……俺らの仇をとってくれ……」

「えっ、ちょっと上原君」

「上原さん! ちくしょーー! 許さねぇぞ山田ぁ!」

「わ、わああ」

余目君達を始めデフ全員が俺に向かってくるので彼らをちぎっては投げちぎっては投げ、半分くらいそうやって片付けると、そのうち誰も近づいてこなくなった。

「はぁ……はぁ……すみませんが、疲労で手加減が難しいので……もう勘弁してもらえませんか……」

「なんだこいつ、クソ強い…!」

「何で柔道技ばっかり!?」

「嘘だろ…さっきから荒木さんピクリとも動いてねぇぞ!」

「降参! 降参です先生!」

樽岸君が両手を上げて叫んでいるが、降参も何も俺には攻撃する意思なんてない。怪我はないがシャツはボロボロ、ボタンもあちこち取れて酷い有り様だ。一息つくと、その場に座り込み呆然とする市浦君が見えて俺は慌てて彼に駆け寄った。

「大丈夫ですか? 怪我は?」

「先生って…」

「?」

「お、お強いんですね……」

そういえば彼は俺がいくら平気といってもきかない心配性だった。いい機会なので、俺は丈夫だと彼にアピールしておこう。

「そうですよ! 先生こう見えて鍛えてるんです。ほら」

ついでなので、はだけまくりだったシャツを脱いで自慢の筋肉を見せつける。凄いと感心してくれるかなと期待していたが、彼は俺の筋肉を見るとその場で気絶した。

「えっ!? 市浦君!? どうしたんですか??」

「あーあ。山ちゃん完全にとどめさしてもーたやん」

いつの間にか復活していた上原君が倒れた市浦君を見てつぶやく。シャツを再び着てここにいる全員を手当する手助けをしてもらおうとした時、バタバタと騒々しい足音が聞こえてきた。

「先生ーー! 大丈夫ですかー!」

そう叫ぶのは一二三君を始めとした風紀部の生徒だった。どうやらこの騒ぎを聞き付けて助けに来てくれたらしい。

「先生、何があったんですか! まさかこいつらが何か…」

「いえ、違うんです。これはですね、えーっと、乱取りを少々」

「……乱取り?」

我ながらなんて言い訳だと思ったが仕方ない。正直に話すと全員処罰をくらってしまう。俺自身は怪我もしていないのにそれはあんまりだ。

「そうなんです。彼らが柔道をおしえてほしいというので、ちょっと受け身の練習を」

「はあ……」

まったく信じてくれていない顔だが、もうこれで押し通そう。デフも俺一人になすすべもなくやられたとは言わないはずだ。

「いいところに来てくれました。生徒を保健室に運ぶのを手伝ってくれませんか? 一人じゃ大変なので」

「わかりました。先生お怪我は?」

「大丈夫です」

完全に意識のない市浦君を肩に担いで、荒木を脇に抱える。おお、とデフから感心したような声があがり、鍛えていて良かったと思いながら俺は保健室に向かった。


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