ストレンジ・デイズ
■めじるし
響介様相手にやや暴走しかけた俺は、彼がすやすやと眠るのを見届けた後、こっそり裏から出ていった。その後表のエントランスにまわり、響介様を待つ唄子さんに声をかけた。
「唄子さん、お待たせしてすみません」
「香月さん!」
遅い時間帯なこともあり、幸い周囲に生徒はいない。駆け寄ってくる唄子さんの目はらんらんと輝いている。俺は自分の主、もとい恋人の分まで彼女に詫びた。
「キョウ様は眠ってしまわれたので、俺が代わりに来ました」
「え!? 寝た!?」
「はい。なので戻っていただいても大丈夫です。すみません、唄子さんをこんなところで待たせてしまって」
「いえ、それはいいんですけど。…キョウちゃん、何の話だったんですか?」
「……」
響介様に口止めされていたので俺は荒木との良くない噂を邪推された事だけ話そうとした。しかしいつの間にか俺は椅子に座らされ、唄子さんの巧みな話術により響介様と付き合うことになった経緯を洗いざらい彼女にぶちまけていた。
「香月さん! 良かった、良かったですね……!」
「は、はい。俺は今でも信じられません。キョウ様が俺の恋人になってくださるなんて…っ」
「おめでとうございます。私も本当に嬉しいです…!」
俺の横で唄子さんが号泣している。彼女はずっと俺の応援をしてくれていたのだ。響介様の約束を破る形になってしまったが、話して良かったと思った。
「すみません。キョウ様には誰にも言うなと言われてるんです。俺が話したこと黙っていただけませんか?」
「はっ、はい、それはもちろん。これからもキョウちゃんには内緒で影ながら応援させてもらいます……!」
唄子さんが感極まった様子でそう言うので、俺の方も胸がいっぱいになって泣きそうになった。お互い涙目になりながら別れ、俺はスキップでもしかねない足取りで東海林さんの部屋へ戻った。
次の日、笑顔で出勤した俺はご機嫌なまま職員室で教材研究をしていた。俺の向かいの席にいた藤堂先生が怪訝な顔をしてこちらを見ていた。
「山田先生、何かあったのか?」
「……えっ、なぜです」
「ずっとにやけてるから」
俺としては普段通りに過ごしていたつもりだが、昨晩は東海林さんにも顔がキモいと言われてしまった。自分でも気がつかないうちにしまりのない顔になってしまっているのだろう。
「何でもありません。いつも通りです」
「そおかぁ?」
気を付けなければと身を引きしめ、パソコンへと向かう。浮かれていても仕事はしっかりこなさなければ。
しかし今でも響介様が俺を受け入れてくれたのは夢じゃないかと思うことがある。しかもそれだけでなく、昨晩は響介様自らが俺に抱かれてもいいと言ってくださって……。
「ふふふふ」
「おいやっぱりお前キモいぞ! 突然笑うな!」
藤堂先生に怒られて慌てて顔を隠す。滲み出るこの幸せオーラがどうしても止まらない。仕事も手につかない。こんなに幸せでいいのだろうか。きっとこれは神様が俺にくださった最後のご褒美で、俺の運勢はここから急降下していくのだろう。いや、それでもかまわないと思えるほど幸せだ。
これまで響介様の唇を勝手に奪っていた俺だが、同意があるのとないのでは大違いだ。しかしこのままではこれ以上先に進むことができない。
「場所……場所を確保しないと……」
響介様と最後まで成し遂げるにはどうすればいいのか。響介様と唄子さんの部屋は当然使えないし、俺も東海林さんと一緒に住んでいてこちらも不可。まさか二人してこの学園を出て旅行ないしホテルに行くわけにもいかない。だが響介様の気が変わる前に自分のものしたいのだ。こうなったら寮の空き部屋に連れ込んでなんとか……。
「……はっ! いま俺は何を……!」
自分の欲望を優先させようとしている己に気づきそのまま机に突っ伏す。大切な響介様に自分は何をやらかすつもりだったのか。響介様と付き合えただけで感涙ものなのに、身の程をわきまえなければ。
俺は本来響介様と恋人関係になどなれないような男だ。彼は俺の恩人の息子で、まだ未成年なのだ。自分が教師という立場だと尚更それを実感する。それにいま響介様は命を狙われてこの学校に身を隠しているのだ。ボディーガードである自分がしっかりしなければならないのに。
「俺は最低の人間だ……。こんな時に煩悩に惑わされるなんて……ああああ…っ」
「山田先生さっきから情緒不安定すぎんだよ! もう病院行け!」
藤堂先生の怒声がとんできても、俺は相変わらずうじうじと悩んでいた。響介様と恋人らしいことをした夜からずっとこうなのだ。舞い上がったり落ち込んだりと忙しい。いつでも冷静でいなければならない立場のはずなのに、俺の頭の中はすっかり舞い上がっていた。
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