ストレンジ・デイズ
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特に何も考えず、職員室まで走っていった俺だがそこに香月はいなかった。
名前も知らない教師に「山田先生は出張だぞ」と言われて、俺はショックのあまり職員室を出て一人ぼんやり廊下を歩いていた。すぐ香月を問い詰めて真偽を確かめられないのは頭がおかしくなりそうだったが、歩いているうちにだんだんと冷静になってきた。
まず今のこの格好でデフの溜まり場に行ったことがバレたら、俺は間違いなく香月に怒られるだろう。それもこれまでにないくらいに。香月の疑惑が単なる噂だった場合、そっちの方が大事になる。それにこんな校内で、騒ぎたてていいような内容でもない。誰もいない場所でゆっくり確実に香月を問い詰めなければ。
いったん寮に戻ろうと昇降口を出たところで、俺は小山内と会った。
「良かった、小宮さんいた…」
「お前…」
「いきなり走ってっちゃうから、心配で」
息を切らしているところをみると、慌てて駆けつけてくれたのだろう。自分のことより俺を心配してくれる小山内に、つい笑みがこぼれた。
「眼鏡」
「え」
「眼鏡、かけてろよ」
「あっ、うん」
握りしめていたらしい眼鏡をたどたどしい手つきで再びつける。俺はその可愛らしい顔が見えないように前髪を前に持ってきてやった。こんな変装やめればいいと思ったことはあるが今は違う。小山内の本当の顔は誰にも知られたくない。デフにバレたのは俺のせいだ。これから、こいつは俺が守らなきゃいけない。
「今日、ごめんな」
「え、な、何が?」
「俺のせいで危険な目にあわせて」
「そんなことないよ!」
謝罪を食いぎみに否定してくる小山内。うじうじしてて苛つく奴だとばかり思っていたが、小山内は意外と強い男だった。
「お前、すごかったな。あんな怖い奴らに立ち向かって…すげー見直した。全然ビビりじゃねぇじゃん」
「…でも結局、あの小宮さんの先輩に助けてもらったわけだから」
「それは関係ねぇよ。お前があんな勇気のあるやつだとは思わなかった。あいつらに立ち向かえんなら、会長に告白するなんて余裕じゃねぇの」
俺がそう言うと、奴は元気がなさそうに俯いてしまった。何か良くないことを言ってしまったかと慌てていると、小山内はぼそぼそと話し始めた。
「小宮さんだから、あんなことできたんだよ」
「え?」
「小宮さんを守りたかったから、だから頑張れたんだ。…僕、ずっと小宮さんが好きだった」
「ん!?」
その衝撃的な発言に俺は何も言えなくなる。何かの聞き間違いかと思ったが、小山内は顔を真っ赤にして唇を奮わせていた。
「好きって、友達として…」
「違う」
「だよな」
その顔を見ればわかる。なんと言えばいいか、俺はアホみたいに口を開けたまま奴を見ていた。
「ごめん、こんなこと急に」
「いや…でも、お前は会長が好きなんじゃ」
「好きじゃないよ」
「え!?」
じゃあ俺が今までしてきたことは何だったんだと責めそうになって、小山内の泣きそうな顔に再び口をつぐんだ。
「ごめん! 本当にごめん! ずっと話さなきゃって思ってたんだ。なっちゃんのことは好きだけど、それは恋愛感情じゃなくて」
「でも、なんでそんな嘘ついたんだ?」
「……小宮さんが協力してくれるって言ったから、仲良くなるチャンスだと思ったんだ。自分からじゃ話しかけることもできないし、一緒にいられるのが嬉しくて…ごめんなさい」
「…ま、マジか」
「僕を助けてくれた日から、小宮さんがずっと好きだったんだ。でも僕は弱いから、強くなって小宮さんと釣り合う男になりたかった。だからあんな嘘ついて…もっと早く言えば良かった。そしたら、小宮さんをあんな危険な目にあわせずにすんだのに」
こんなに熱い告白をされてさすがの俺も真っ赤になっていた。小山内は可愛いし、性格だっていい。俺を女と思って言ってくれていることなので、もちろん受け入れることなんてできないわけだが。いや、それ以前に俺には香月がいる。
「ありがとう。小山内に好きになってもらえて、すげー嬉しいよ。でも俺、好きなやつがいて…だから…」
「それは知ってる」
「えっ」
自分はそんなにも分かりやすかっただろうかと焦る。香月とは付き合い始めたばかりだし、好きだというのも最近まで自覚していなかったのに。
「富里先輩だよね。見てたらわかるよ」
「へ? あ…富里先輩ね……」
そういえばそういう設定だった。勘違いしてくれてるならそのままにしとこうと否定はしなかった。
「でも僕、諦めたくない。僕のこと何とも思ってないのはわかってる。でもきっと小宮さんに釣り合う男になってみせるから、待ってて」
「あ、ああ……」
美少女なので俺と付き合いたいという男はたくさんいたが、一番男前な告白をしてきたのはこの小動物みたいな男だった。だからこそ本当は男で申し訳ないと俺は心の中で詫びていた。
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