ストレンジ・デイズ
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荒木実美にお呼ばれされてしまった俺達は、校内にも関わらずヤのつく系の事務所に連れていかれるかのようなテンションだった。荒木実美はデフの組長のようなものなのだろうか。あの虫も殺さなさそうな美少年のイメージとはあまりに違いすぎて、俺は同姓同名の別人に会おうとしているのではないかと不安にすらなっていた。
「ぼ、僕死にそう…」
「落ち着け、大丈夫だ。とりあえず死にはしない」
会いに行く相手はひとつ上の先輩だ。極悪な殺人鬼ではないのだ。といいつつこの物々しい雰囲気に俺も圧倒されていた。
「荒木さん、連れてきました」
校舎裏にいると思っていた荒木達は、西館校舎の教室の中にいた。よくよく考えてみればこの暑い時期に外でたむろするわけはない。
教室の中には十人以上の生徒がいて俺と小山内はいよいよ生きた心地がしなくなっていた。デフとは極力関わらないようにしてきた俺達に不良に対する免疫などない。長い付き合いのある遊貴先輩ですら未だに少し怖いのだから。
「へぇ、お前が小山内か」
王様よろしく机の上にあぐらをかいていたのは、荒木実美。彼は確かに俺を助けてくれたあの荒木実美と同じ顔をしていたが、別人のような獰猛な顔つきをしていた。
「期待はずれだな。地味すぎて通り越してキモくないか、これ」
「実美はメンクイすぎるんやって。せっかく来てくれてんから歓迎しとこ」
「じゃあお前にやるよ」
「いやー、俺もさすがにこれはなぁ」
荒木の横にいた小柄で中性的な顔の男が関西弁で笑っている。荒木とは対照的な明るさに場の空気が少しはマシなものになった。
「で、そこの眼鏡君と付き添い君は実美に何の用なんやっけ?」
関西弁の愛想のいい男が笑顔で話しかけてくれる。それでようやく小山内も勇気が出たのか震えながらも口を開いた。
「えっと、僕たちは生徒会の代理で、会計の荒木先輩に生徒会室に来て、一緒に仕事をしていただけないかと思い、お願いしにまいりました…」
仕事しろと命令しに来た態度ではない。下手に出るにも程がある頼み方だがこの状況では仕方ないだろう。しかし言われた当事者はともかく周りのデフはポカンとしていた。
「荒木さんって生徒会入ってたの?」
「そこからかよ! いや俺もよくわかってねえけど。もうやめたんじゃなかったっけ?」
「お前らうるせーぞ。そのくだりもうやったんだよ」
俺達を案内してきた男が周囲を黙らせる。荒木は聞いてるのか聞いてないのかわからないような顔でため息をつき、小山内に刺のある口調で話しかけた。
「で、お前は会長に頼まれて俺にそんなくだらねぇこと言いにわざわざ来たわけ? お前飽きられてんじゃねぇの、あいつに」
「…え?」
「俺は、お前が会長の女だって聞いたからわざわざここに連れてこさせたんだよ。生徒会の仕事? 誰がそんなもんやるか」
「えええ?」
自分が会長の女だと言われ慌てふためく小山内。困ったように俺を見てきたので、そういうことになってるみたいだぞという意味を込めて頷いた。
「夏川もなんでこんなキモい男を相手にしてたんだかな。つまみ食いしすぎて訳わかんなくなってんじゃねえの」
夏川が好きな小山内にはキツい言葉が荒木の口から出る。というか俺の中での荒木実美のイメージがどんどん崩れ落ちていっている。
「もういい、お前らさっさと失せろ。で、もう二度と来るな」
「えー! 実美こいつらタダで帰すん? せっかく鬱陶しい夏川に復讐できるチャンスやん」
関西弁の男が荒木に文句をつける。女みたいな顔に似合わないぶっとんだ目付きの男に、俺は小山内を引っ張りながら後ずさる。
「好みじゃないからやる気出ねぇ」
「はあ? そんなんやから腑抜けたとか言われんねやろ。こいつらがこんなとこまでのこのこやって来て、お前に命令しに来てる意味わかるか? なめられてんだよ、実美は」
「なんだと? お前誰に向かってんなこと言ってんだ」
荒木とちっちゃい関西弁男子生徒が一触即発。もし喧嘩になったら、騒ぎに乗じて逃げてしまった方がいい。荒木実美を説得するのはどうやら無理そうだ。
「市浦派の奴らが何て言ってるか知ってるか。荒木実美は風紀の山田にいいように飼い慣らされてるってさ」
「誉てめぇ…」
「まあ山ちゃんに飼い慣らされてるってのは、あながち間違いでもねぇしな?」
「ま、まあまあ。誉さんも荒木さんもこんなとこで内輪揉めはやめましょうよ」
デフの一人が火花を散らす荒木達の間に割り込む。俺は香月の話題が出てきたのでこっそり耳をそばだてていた。
「それに山田の野郎なんかすでに荒木さんの女らしいじゃないっすか。飼い慣らしてるのはこっちの方でしょ」
男の言葉にうんうんと頷きながら同調する男達。そんな中、逃げようとしていたはずの俺は一歩前に踏み出し、荒木達を睨み付けていた。
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