ストレンジ・デイズ
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香月は俺の説明を聞き終わった後、無表情のまま夏川に向き直る。キョトンとした顔の夏川に厳しい口調で言い放った。
「わかりました。夏川、君が女子寮に忍び込んだことは特別に不問にします。なので今日のことは忘れて、今すぐここから出ていきなさい」
「ていうか、まずアンタ誰」
「山田和希です。いつも先生の授業受けてるでしょう」
「えっ、あの山田!? 顔別人じゃん!」
素顔をさらした香月に唖然とする夏川だったが、香月はいたって冷静に言葉を返した。
「俺の顔などどうでもいい。夏川夏、ここから今すぐ出ていきなさい」
「いやでも……」
「出ていきなさい」
「……りょーかい」
夏川は顔のこととか香月は何者なのかとか訊きたいことは山ほどあったのだろうが、香月の殺気に気づいてかあっさり身を引いた。俺に向かって軽く手を振って部屋を出ていく。部屋には俺と香月だけが残された。
「…あのさ、香月。お前が怒るのもわかるけど、別に何もされてねぇからな」
「そうは見えませんでしたが」
香月に見られた状況が悪かった。一緒に弁解してくれる夏川が消えてしまったので俺があやふやに説明するしかない。
「いや、あれはただの冗談っていうか、すぐにやめてくれたし」
「……冗談? あり得ない。何であんな男を庇うような事を言うんですか。いつものキョウ様だったら『さっさとぶん殴れ』くらい言ってもおかしくないのに」
「何でお前の中の俺そんなに好戦的なんだよ。ほんとに何もされてねぇし、香月だってこんなとこで騒ぎになっても困るだろ」
俺の言葉に香月はむっとした顔で考え込んでいたが、やがていつもの穏やかな表情に戻った。
「……そうですね、キョウ様が正しいです。俺としたことが、冷静な判断ができなくなっていました。申し訳ありません」
「いや、そんな謝んなくてもいーけどさ。香月が怒るのは当然だし。ほら、一応俺達、恋人同士なわけだから……」
だんだんと声が小さくなって俯いてしまう俺。もし自分が香月の立場なら同じように怒り狂っていただろう。付き合っているという感覚も薄く、どうすればいいのかわからないのが悩みの種だった俺だが、香月は自分のものだという認識ならずっと前からあった。
「……」
香月の奴が何も言わないので顔をあげると、香月は真っ赤な顔をして俺を見ていた。そのまま俺の顔を包み込むように手をかけると、顔を近づけてきた。
「キョウ様……」
「!」
まさか、そういうムードになるとは思わなくて焦る俺。香月の奴、大人しい顔をして意外と積極的だ。この手の早さには慣れを感じるが、俺の知る限り香月に恋人がいたことはない。年がら年中俺の側にいて、恋人など作れるはずがないからだ。
これが香月とのファーストキスである。多分思い出に残るはずなので噛み締めておこう、とドキドキしながら待ち構えていると部屋の扉が突然開いた。
「キョウちゃーん! 夏川様いま帰ってったけど大丈夫だったー!?……って何で香月さん倒れてんの?」
「……唄子」
咄嗟のことに思いきり突き飛ばしたので、香月は目の前に派手に倒れていた。唄子の様子を見る限り見られてはいなかったようだが、危なかった。
「キョウちゃん顔赤くない!? 夏川様にもしかして何かされた!?」
「唄子、お前はいま間違いなく余計なことをしたぞ……」
「えっ、なになに? 何が?」
こいつに見られる前に止めた自分の反射神経を褒めてやりたい。唄子は自分がしたことを知ったら後悔するだろうが、もちろん話してやるつもりはなかった。
「何でもねえよ。てかお前俺の事見捨てて行きやがって、今すぐ謝れ」
「えー、あたしが香月さん呼んであげたんだよ。むしろ感謝されるべきじゃない?」
「それにしては遅すぎるだろ! お前が戻らねぇから俺今までずっとあいつの半生聞かされてたんだぞ」
「なにそれー! あたしも聞きたかった!」
「誰がお前なんかにおしえるかバーカ」
「二人とも、お静かに」
起き上がった香月が俺と唄子の間に入ってくる。ついヒートアップして大声で話してしまった。香月はついさっきまで真っ赤になってたくせに、今は取り繕った澄ました顔をしていた。
唄子が戻ってきたことで、香月は長居もせずにその後すぐ部屋を出ていってしまった。少しがっかりしている自分に驚きつつも、もしキスしていたら明日から顔を見るたびにそのことを思い出しそうなので、俺は未遂で良かったかもしれないと思っていた。
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